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サイコパスじゃないかと自問自答していた子供時代のこと #書く習慣

ゆぴちゃんこと、いしかわゆきさんの書籍「書く習慣」の「1ヶ月書くチャンレンジ」に挑戦中です!

5日目の今日は「昔はどんな子どもだったのか」がテーマ。

このテーマを見て瞬時に思い出したことがあります。それは、子どもの頃から、私は自分のことを「サイコパスなのでは……?」と疑っていたこと。


ーー


忘れられない光景があります。

北海道出身の私。冬の時期になると、寒空からふわふわと(時にはボンボンと)降りてくる雪や、テッカテカに凍った地面にあたふたしながら、それなりにたくましくやり過ごす北国の子どもでした。

ある日、まだ生まれたばかりの妹を抱っこした母親と、手を繋ぎながらお出かけへ。

どこへ行こうとしていたのか、今となっては覚えていません。きっと近くのスーパーかどこかに行こうとしてたのでしょう。

目的地に向かって歩みを進めていたところ……、足元の氷に滑って、母親がスッテーーーーーン! と転んでしまいました。

まだ小さかった私を巻き込んではならないと咄嗟に判断したのでしょう。母親は私の手を離し、身体の前側に抱いた妹を守るようにして、地面に寝そべっていました。あっという間の出来事でした。


さて、ここで問題です。

普通の子どもなら、ここで母親に対してどんな態度をとるでしょう?

1. 「大丈夫!?」と母親を心配して駆け寄る
2. 「大丈夫!?」と母親を立たせるのに手を貸す
3. 「大丈夫!?」ととりあえず母親のそばに立つ

とりあえず何かしら心配し、怪我の有無などたずねるのが一般的だと思います。当時の私も、きっと心の中ではそう思ったはずなんです。そう、きっと、心の中では……。

何を思ったかその時、子どもだった私がとった行動は……。


母親のことを無視し、スタスタと先へ歩いて一人でスーパーに向かおうとしました。


今でもはっきりと覚えてます……。チラチラと雪が降っていて、母親は転んでしまって地面に寝ていて、妹を抱いてるせいもあって自力では起き上がれず、当然一緒にいた私が手を貸してくれるものだと信じて待っていたはずです。

ところがどっこい、私は一言も発さずに一人で目的地へ向かおうとしました……。信じたくはないんですけど、「お母さん転んじゃった→怪我したかも、もう立てないかも→じゃあスーパーには行けない→私が代わりに行かなきゃ」っていう思考回路になったのではないかと、今なら推測できます。何も実の母親を見捨てようとしたわけじゃないんです……!!!(きっと)


遠ざかろうとする私を見て母親はどうしたかというと、「ちょっと!ゆう!待って!置いてかないで!手を貸して!!!」と必死に叫びました。それもはっきりとくっきりと覚えてます。その声を聞いて初めて私は我にかえったようになり、母親を助けるべく駆け寄って手を貸したのです。

今書いていても、なんと恐ろしい……。

それ以降も、「私ってもしかして、俗にいうサイコパスってやつなのでは?」と疑心暗鬼になってしまう出来事がちょいちょいあり、その度にクヨクヨと悩んでいました。


サイコパスじゃないかと自問自答していた子ども時代のこと。大人になった今はどうだろう……と内省してみますが、いかんせん、自分を客観的に見るのは難しいです……。私のことを知ってくださってる方がこの文章を読んでいたら、どうか、思い当たる節がある場合だけ教えてください……。

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