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『新人熱波師朝焼け物語』6

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「行くよ!ハイ、いち!」

「ビュッ!」

「ハイ、にー!」

「ビュッ!」

「ハイ、さん!」

「ビュッ!」

「しー!」

「ビュッ!」


ストーブ銀平さんの掛け声に合わせて僕とカタギリはスーパー銭湯の従業員ロッカールームでバスタオルを振っていた。



…なぜこうなったのか。
それは仕事終わりの銀平さんを待ち伏せしたカタギリがこう言い放ったからであろう。

「僕達を弟子にして下さい!」

あの時、彼が何故『達』を付けたのかとんと分からない。あの瞬間の直前まで僕が彼と交わした約束は確かこうであった。

「アキラ、おまん、俺の夢を見守ってくれるか?」

見守るって言ったんです。見守ってくれるか?って聞かれたから僕は見守るって言ったんです。あくまでそのつもりだったんです。閉店後の木舟スパ健康センターの裏口近くの電信柱に隠れて待ち伏せしているときに彼は僕に言ったんです。
「銀平さんが出てきたら背中押してくれ」って。
だから僕は彼の背中を押したんです。銀平さんが出て来たのを確認したから背中を押したんです。それなのに彼は全然動かない。まるでその場に根付いているかのように、アスファルトからこの場に育ちましたよ、と言わんばかりに。だから僕は精一杯彼を押しました。すると彼は唐突に前へ進んだのです。勢い余って僕も彼と共に電信柱の影から出てしまいました。「うわ!びっくりした!」というストーブ銀平さんの声が聞こえたときには僕はバランスを崩し転倒してしまいました。「だいじょうぶ?」と優しく声を掛けてくださった銀平さんに何故かカタギリが「だいじょうぶです」と答えました。転んだのは僕なのにハッキリとカタギリが「大丈夫です」と答えました。このあたりでカタギリくんの異変に気付くべきでした。
「君ら、あれか。サウナに来てた子?」
と、銀平さんが僕らの存在に気付いてくれました。優しい方です。数時間前にアウフグースに参加しただけの関係なのに。それだけなのに覚えていてくれたんです。優しい方です。
「あ、突然、すみません。驚かせてしまって本当すみません。僕らのことを覚えていてくださってありがとうございます。」
と、僕なら言います。僕が自発的に動いて弟子入りを志願するのであれば、僕はこう言います。しかし今回はあくまでサポート役なのです。友人のカタギリくんの夢を見守るという名目でこの場に居るのです。一度家に帰って、自転車に乗って再度ここまで来たのです。そう、サポート役として。なのにカタギリくんは急にストーブ銀平さんにこう言い放ちました。「僕達を弟子にして下さい!」と。

「達っ!?」

あまりに衝撃的な発言だったので思わず夜の路上で人目も憚らず叫んでしまいました。しかし僕は転倒して起き上がろうとしたタイミングで「達っ!?」と叫んでしまったので、「痛っ!」に聞こえたのかもしれません。僕の心の叫びは銀平さんには届かなかったのでしょうか、
「弟子?…いや、べつに、良いけどさぁ。」
と速攻で二人の弟子入りを許可してしまったのです。
あら、まあ、こりゃあえらいこっちゃ。カタギリの熱意は本物でも、僕の熱意はニセモノですよ。だってそんなつもり毛頭なかったんですもの。
「ありがとうございます!」
頭を下げるカタギリくん。
「ほら!お前も!」
僕の頭を掴んで頭を下げさせました。
【おまん】と言わず【お前】と言って。
「じゃあ、暇な時においでよ。空き時間にアウフグース教えてあげる!」
優しい笑顔で師匠はこう言いました。
カタギリは歓喜し僕は呆然としていました。でも喜び方は人それぞれと映ったのかもしれません。隣に居るカタギリですら僕が喜んでいると思ったぐらいですから。そんなことより膝から血が出ていないか心配でした。


つづく

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