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新米ゲームキーパーの意地

新しいことに挑戦するにあたっての、セオリーが少しずつ蓄積されている。年齢とともに、何から手を付けるべきかについての順序が身についていた。

例えば今はTRPGのゲームキーパーをしている。これは「ゲームを動かすプログラミングを全部アナログでやる人です」と表現してもかなり近いのではないだろうか。唯一の救いは、ゲームの仕組みそのものは用意されている。しかし、プレイヤーの行動に対してレスポンスを返す作業をするのが、キーパーの役割である。ゲームキーパー、あるいはゲームマスターが無の状態だと、街の人に話しかけても全員無言で、無視されているというより、正気が感じられないなんてこともありうる。

ソースの確かではない情報を伝えると、とあるRPGにおいてはメッセージの入力より先に「ピコン」と音が鳴る処理を何よりも早くレスポンスとして返すように設定したそうだ。ゲームの都合上、テキストが表示されるまで時間がかかる。しかしその「ピコン」によって声をかけて「あぁ」と相手が気が付き、話し始めたかのような感覚を持つことができる。そうした、ゲーム側の都合と快適なプレイのための工夫がゲームには散りばめられている。

さて、ゲームキーパーをするにあたって、手の届くシナリオを漁っては読み、いくつかのバリエーションを用意した。そして、メンバーの意向を元に一つに絞り切ることができた。ルームの作成も完了。いつでもゲームがプレイできる設備は整った。問題は、ゲームキーパーとしての私の技量をどのように上げていくかが問題であった。

とにかく、シナリオについては理解したものの具体的な実感がわかない。そこで、プレイ動画を見た。まとめられたリプレイ動画ではなく、やっている様子をライブ配信しているものを選んだ。今回プレイするシナリオ、冒涜都市Zは、シナリオ制作者のディズムさんがプレイ動画を複数上げている。そして、ロールプレイングゲームには、様々な不測の事態が起きるのをどのようにディズムさんが捌いていくのかを入念に見た。同じシナリオでも、キャラクターによってゲームテンポや決断は全く異なる。それを上手く処理していく手腕はさすがと言わざるを得ない。また、休憩を入れるタイミングなども、動画を通じて学んだ。

今回のシナリオで起こりうる不測の事態に対して、ディズムさんが何を軸として処理しているのか。それは、納得であった。それから、物語の主張とのバランスだろうか。全員が納得する方向があるとして、しかし、物語もまたあなた達をこの世界に留めて一つの目標を遂行しようとする。その主張のぶつかり合いの間にゲームキーパーが立つ。今の私のゲームキーパーの立ち振る舞いはディズムさんの動画から得ている。

ほかにも参考にさせていただいたチャンネルは、こずみゅTRPG研究所さんである。こちらの動画ではゲームキーパーをするときに起こりうる困りごとや、ケースに応じた処理の仕方、また、避けるべき展開などなど。ゲームキーパー初心者に向けて、テーマごとに例を交えながら話をしてくれる。技術的な部分の解説だ。

私はディズムさんからゲームの体験を通じた事例ごとの捌き方と、納得してもらうための運びを学んだ。そして、こずみゅTRPG研究所さんからは、特に避けるべき展開やマナーについて学んだ。

それから、もう一つ影響を受けたものと言えば、小説「クトゥルーを喚ぶ声」である。これは、クトゥルフ神話を題材とした現代SFである。この本を読んでから「クトゥルフ」に対しての理解度はあがった。クトゥルフ神話TRPGには狂気とか、精神崩壊によるロストがある。しかし、この本を読むまではあまり具体的なイメージが湧かなかった。気が狂って死ぬ、とはどういう状態なのか。それも、精神疾患ではなくクトゥルフという存在に触れて、正気度というステータスが減る理由をそれまでは「ゲームだから」で納得していたが、この本を読んでから具体的にイメージできるようになった。

端的に述べてしまえば「そりゃ死ぬわ」と理解できたのである。廃人になるとか、気が狂ってしまうとかではなく「あ、これは……少なくとも、正気ではいられないですし、どうあれ死にますね」という話に加えて「なぜなら……」と付け加えられるようになったのだ。そのくらい、正気度への理解度があがった。プレイされるならぜひ一度読んでいただきたい。

それから、外せないのはクトゥルフ神話TRPGのルールブックである。これもまた、語る部分は多い。奇書の体裁を取り「解読するルールブック」である6版は、人によっては「旧クトゥルフ」とも言われる。これはこれで、一つのルールとして成立しており、新版とも互換性がある。Windows10とWindows11とか、マイクロソフトのWord2013とWord2019に互換性があるように、機能は増えたが使えなくはない。そういう位置づけである。

そして新クトゥルフ神話TRPGルールブック、こちらは完全にルールブックだ。クトゥルフ神話の世界観を大切にしつつ、実際ゲームをするには必要な処理を整理し、ダイスなどの必要な小物についても述べられている。この二つを読み比べることで「今回は旧版のルールを取り入れてこういう処理でどうだろう」とか「新版は予め決められているから、そこの処理はルールブックに準拠して決めるよ」と納得と説明のバランスが取りやすくなった。何より奇書としてのルールブックと、ルールを理解して楽しむためのルールブックは根本的に目的が異なる。だが、それが良い。

クトゥルフ神話の世界に浸りたいときは旧版を読むが、キーパーをするときは新版を読む。利便性の問題である。そして、そのルールの中で解釈が割れたときには、最終的にはゲームキーパーが決めるが、プレイヤーの意見も聞く。

「今回の場合、ルールではこうなっている。しかし、このでダイスを振って良い目が出たら給再措置としたい。運命のダイスロールだ、その結果は受け入れてもらう。良いかね?」

そんなふうにして、融通を聞かせながらプレイヤーと合意して「わかった」となれば、後はプレイヤーの握るダイスが全てを決める。成功か、否か。成功したときの嬉しそうな姿は、キーパーとして見ていても嬉しい。

キーパーは邪魔者を配置するが、プレイヤーを不幸にしたいわけではないのだ。ただ、キャラクターを意図的に不幸にすることは、それなりに、ある。

そうして、懸念事項を潰しつつ、キーパーとして必要な技能を少しずつ獲得していく。なにせ、三回目だか四回目だ。全然上手く行かないように感じることもある。特に時間配分は今後の課題である。長さのコントロールができるのはゲームキーパーの特権だ。楽しんでもらえるに越したことはないが、ダレてしまってもよくない。

そのあたりで困ったときにも、またディズムさんやこずみゅTRPG研究所さんの動画を見る。それからルールブックで前回上手く処理できなかった部分を見直して、また次にすぐ参照できるように付箋を貼る。私は記憶力がそこまでよくない。特に思い違いをするタイプのミスが多いので、情報元へすぐにアクセスできるようにしたいものだ。

噂によるとルールブックがデジタル化されるらしい。……私は、本の方が好きだが便利なら、そちらを利用したいとも思っている。

さて、兎にも角にも、ゲームキーパーとしての仕事も一段落しそうではあるが引き続き、ルールを参照する速度は上げていきたい。探す時間はゲームテンポに影響する。

こうして、振り返りながら研鑽し「このまだイケるな」と自力でもう少し登れる場所を探す。疲れない程度に探す。今はただただ、それが楽しい。

素人から始めたゲームキーパーは、こうして少しずつ上達する道を模索している。

【参考資料】


サンディ・ピーターセン,クトゥルフ神話TRPG,KADOKAWA,2004

サンディ・ピーターセン,新クトゥルフ神話TRPGルールブック, KADOKAWA,2019

田中啓文,クトゥルーを喚ぶ声,創土社,2014

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