見出し画像

刀剣乱舞、始めました

今更だが刀剣乱舞を始めた。

何が始まりかと思うと記憶は朧気なのだが、妻のお母さんのご友人が「良ければぜひ」と渡したのが両手で抱えるほどのグッズだったことだろうか。良ければというほどの量でもないそれを受け取った母君は「そう言えば娘が好きだった」と手を渡り、発送された場所が我々の住まいだった。かくしてグッズたちは、盛大な布教から始まって私の目に触れたのである。

量での圧倒とはまさにこのことだった。中にはCDとDVDも入っており、ここまでくると「せっかくだから一つくらい開けてみようか」となるものだ。一つであれば「私はやめとくよ」と遠慮していただろうが、ダンボールの中にあると選択肢はYESかNOではなく「どれから取り出すか?」と、それらをいかに片付けていくか考えてしまう。そしてその中にあった中で、妻と楽しめそうなものがDVDであった。

しかしそこで声を上げたのは妻である。

「ブルーレイ、あるよ」

ブルーレイというのは、何故かDVDと同時発売されるアレである。「DVD&ブルーレイ、絶賛発売中」という文言を見聞きするだけで、何が違うのかは分からない。ビデオとDVDなら見れば分かる。機器が違う。しかし、DVDとブルーレイは形状からして目立った違いは見られない。音が鳴るならCD、映像が流れるならDVD、そして、妙に高いブルーレイ。それが私の認識だった。

「まぁ、とりあえずDVDを見よう」

「そうかい?」

この時点で既にDVDとブルーレイを見比べるルートが完成していた。DVDを再生する。物語はよく分からなかった。

「この、石切丸さんは、一時期マジでヤバかった」

妻が言う。

「何がよ」

「ダンスを、こう……かなり、頑張った、らしい」

「へぇ……」

「本当に頑張った」

誰の何視点なんだ。

もちろん、私は他人のダンスが上手いか下手かは分からない。しかし、ミュージカル刀剣乱舞は後半にライブパートがある。ザックリ半分、歌って踊るのだ。芝居ができて、刀が振れて、歌えて、踊れる。そんな様子を、ふーん、と眺めていた。

そして、妻がブルーレイへと変える。再生された瞬間、さすがの私でも分かった。

「全然違う!」

「でしょ!?」

さっきまでテレビは全力を出してなかったのかと思うほど、ハッキリ映った。洋服や髪の質感がハッキリ見える。

こりゃぁ確かにブルーレイ買うわ。目に見えて違う。素人が見て感動がある画質だ。そこで見たのが「真剣乱舞祭2018」であった。今が2022年なので、4年前の舞台である。妻は部屋を暗くし、ペンライトを持ってきた。どこにあったのか、3本ある。

カチカチカチと、ライトの色を変えてみせて私に渡す。タイトルでは、刀剣男士たちの顔がズラリと並んでいた。出てくるのは18名。流石に全員の名前と顔を覚えるのは無理だ。色でも結構ギリギリだし、似ている色があった場合はちょっと困る。

また、イメージカラーというのも私の直感に反するもので和泉守兼定、という妻が推しているキャラクターはどう見ても「赤」なのだがイメージカラーは緑がかった青、曰く「浅葱色」だ。

ずらりと並ぶ顔写真に、ドラマでしか見たことのないホストの指名をする顔写真を思いながら私は「この人」と一人選んだ。ヒザマルさん、というらしい。私はヒザマルさんが画面に出るたびに、犬のしっぽのごとくペンライトを振りまくった。

このあたりから、妻も私の刀剣乱舞がどの程度わかっていないかを掴み始めてきたようだ。妻の推しである和泉守兼定と国広は覚えた。あと、三日月宗近も知っている。

その他は、色や連想ゲームで妻に伝えた。

例えばこんな感じだ。

「ヒザマルの兄」「小柄でめっちゃ動く人」「歌唱力おばけ」「脱がせようとするオネェ」「雅な聖闘士星矢」「子狐さん」「神社の方」「にっかりさん」「フードの人」「幸運」「拳銃」「ワイルドなコテツ」「巴さん」「新選組の羽織の人」

また、和泉守兼定は「兼さん」と呼ぶそうだ。

さて、話はブルーレイ鑑賞会だ。東西祭対決と題して、整った顔立ちの男子が踊りまくっている。

そして開演から約1時間40分。突如、刀剣男士のリストに一切登場していなかった謎のダンディなおじさんがステージ後方から射出されたのだ。顔面のアップ、謎のドヤ顔、湧き上がる拍手。なにより、めちゃめちゃ歌がうまい。♫トゥーザノース、と歌いながらステージを端から端まで駆け巡る。

そうして幕間を何度が挟んで、ミュージカル刀剣乱舞は終わった。

その後も夕食時に、何度か妻に聞いた。

「あの、誰だっけ、トゥーザノースの人」

「エノモトタケアキ」

「エノモトタケアキ、OK」

「前作の脇役なんだけど……ブルーレイ、あるよ」

「見よう」

榎本武揚。突如ステージに射出された男に私は夢中になった。なにより、榎本武揚というキャラクターも好きになった。

「なんだっけ、あのおじさん」

と、私は日に数度妻に聞くようになりそのたびに妻は「エノモトタケアキ」と言った。

妻は「そこか……」と言っていた。

前作、と言われていた初登場の舞台でも登場は開幕からおよそ一時間後、物語も終盤に差し掛かる頃だ。時代は幕末、和服の中、明らかな洋装でこれまで全くストーリーに絡んでこなかった榎本武揚が現れる。

何者かと問う土方歳三を前に彼は答えた。

『俺か? 俺は、榎本釜治郎だ!』

「カマジロウ!?」

すぐ調べた。

榎本武揚は兄がおり、鍋太郎というそうだ。鍋と釜があれば食べ物に困らぬようにと願って付けられたとされている。

この名乗り、及び掛け合いのあとソロ曲が始まる。

この榎本武揚という人物、本当になんの説明もなく現れるのだ。登場が仄めかされることもない。後半に突然現れる怪しい男だ。また、榎本武揚は歴史上の人物としての知名度は決して高くはない。高校の教科書の端に書いてあるのを覚えている人がいるかどうかだろう。

後半に出てくる重要そうな人物ともなれば、よほどのキーパーソン。もしくは黒幕であろう。しかし、この男、歌唱力と演技力で「こいつはめちゃくちゃ賢く、誠実で、行動力があり、なお且つ愛すべきバカである」と表現してくる。ただ舞台にいるだけで生真面目さと情けなさが滲み、話し方と仕草からその人柄が出る。土方歳三との掛け合いでは、近藤勇を失った土方がこの男を信頼している様子がうかがえる。叱咤激励する関係や、空回りするのを互いにフォローし合う様子が短い時間だがはっきりと描かれた。真面目さとユーモアを交えた掛け合いは、物語を前進させながらも二人の強い結びつきを感じさせてくれる。蛇足にならない。説明不足でもない。

例えば最初に釜二郎と名乗っておきながら、改名する描写はない。史実上では、土方歳三と出会ったあとに「榎本武揚」と名を改めたとされている。ただ、ずっと「榎本さん」と呼ばれ続けるので名前がいつ変わっていようと全く問題ない。

こうして突然現れた榎本武揚は、一歩間違えば無理やり絡めたような違和感や、信頼関係が生まれていることへの説得力不足が生じない絶妙なバランスで物語に関わる。

ただ、刀剣男士との絡みは一切ない。メインキャラクターたちと全く関わらないのに、私は榎本武揚をずっと見ていた。そんな私を妻が遠巻きに見る。

ブルーレイ上映を終えたあと、私は隙あらば、ダンスを真似をしていた。妻の前に立ち「ミュージカル刀剣乱舞より。二回目のコーラスからバックダンサーさんと振りをバッチリ合わせる榎本武揚」を披露していた。

ブルーレイは何度も見られるし、見たいところまでスキップできる。私は榎本武揚が登場するシーンまで話をスキップして、ソロ曲を振り付きで歌っていた。妻はこのハマり方は想定していなかったようだが、なんだか微笑ましそうに私を見ていた。

「あの、本当に申し訳ないんだけど、刀の名前を全然覚えてない。榎本武揚だけ覚えてしまった」

「良いんじゃない?」

「あと、榎本武揚は東京農業大学を設立してるので赤本を買った。"榎本武揚と東京農大"って本も買った」

「それは意味がわからない」

私もよく分からない。人間、テンションが上がるところまで上がると奇行に走るものではないだろうか。

そんな私を妻はやはり、にこやかに見ていた。しかしその一方で、四年前に脇役で出た刀剣でもない男にハマったとしても、今後出演する可能性は限りなく低いこともまた知っていた。幕末は刀の時代の終わりとして描かれており、榎本武揚はその終わりに出てくる人物だ。刀剣乱舞は刀の物語である。よって、刀が主として出てこない榎本武揚の時代に刀剣達は出しづらいはずだ。

それ故に2018年の映像に合わせて踊る。もう少し早ければ、というありもしないIFについて、妻は口にしなかった。刀剣男士の名前を徐々に覚えつつも「榎本武揚が出てくるシーンまで場面を飛ばす」という、オーディションを勝ち抜いて刀剣男士になった人々や、飛ばされた一時間弱の場面に関わったあらゆる人々に罰当たりな楽しみ方をしていても妻はそれを見ていた。

そして、時は令和、西暦2022年。妻が飛んできた。

「次、次の祭! 榎本武揚出るよ!」

真剣乱舞祭2022。まさかの四年越し、榎本武揚の復活であった。ずらりと並ぶ刀剣男士たちとキャストの名前を覚えてきた頃だ。30名を超える刀剣男士の下に、榎本武揚の名前があった。

「マジ?」

「マジ。平将門と二人で出る」

「それはそれで大丈夫なの? 怨霊の大御所と並ぶの?」

「そう」

「三条の人も、新選組も、豊臣の人たちもなしで、二人? それは、大丈夫なの? どうなるの?」

「わからない」

私はブルーレイの良さにも気がついていたし、全景映像のライブパートで殺陣を披露する榎本武揚を目で追うようになっていた。まさに満を持しての榎本武揚参戦である。しかも、これまでの祭りはDMMで最初から順番に配信された。私は妻と共にこれまで祭を観覧し、開演初日の福井公演をライブストリーミングで見た。最高だった。

妻は兼さんが出た時に興奮して「ブォェ!」とむせ返っていたし、私も榎本武揚が出たときには声が出なくなった。そして、平将門と榎本武揚という、年の差1000年のタッグは圧倒的な破壊力で私を飲み込んだ。私もペンライトを振り、踊る。

声の出せない時代であるが故の楽しみ方だ。

と、いう経緯を経て、ゲームの刀剣乱舞を始めた。もうここまで来たらやってないほうが不自然な気がしてきた。少なくとも一回は手を付けておいたほうが、いいような気がする。何よりミュージカルの公演が新規参入者を獲得することを数値で示すに当たり、有象無象の一つとなれれば良い。妻に頼んでグッズも買ってきてもらったし、おかげで今は榎本武揚と蜂須賀虎徹と松井江のブロマイドが私の部屋に置かれている。

妻はそんな私を見て「人は沼にハマるとこんなになっちゃうんだ……」と、自分のことを棚に上げてなにか言っている。私は最初のグッズが部屋にお招きされているが、妻の部屋にもグッズが増えているではないか。

「ちょっと見せてごらんよ」

妻が先輩風を吹かせてくる。私は渋々といったポーズを見せながら画面を妻に見せる。何がなんだか分からない。しかし、ここから全ては始まったのだ。

これもまた、歴史の一つである。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。 感想なども、お待ちしています。SNSでシェアしていただけると、大変嬉しいです。