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欲しいものは、そこにある。

今月、映画を見るのは3回目だ。

ポケモンを見て、仮面ライダーを見て、そして今日はスパイダーマンを見に来ている。

スパイダーマンは旧作を1と2を見た。その後アメイジングスパイダーマンと呼ばれる新しいシリーズになり、それは1だけ見ていた。

そんな、にわかファンにギリギリ届かない、強いて言うなら名前くらいは知ってる人程度だった。しかし今日の朝、恋人に起こされ「スパイダーマンを見に行くよ!」と映画館へ引っ張られていった。

恋人はマーベルヒーローが大好きなので、めちゃくちゃわくわくしている。私は入場の直前になって「あれ、何見るんだっけ」と、チケットのタイトルを確認するくらいのやる気のなさを見せていた。

映画の告知があったあと、いよいよ上映が始まった。アベンジャーズにスパイダーマンが登場したシーンの回想から始まった映画は、およそ130分を一瞬で駆け抜けていった。

おもしろかった。しばらく放心状態になるくらいにはおもしろかった。完全に、油断していた。

「……よかった」

「そうでしょう?」

恋人は、なぜか得意げに私を見ている。

スパイダーマン:ホームカミング、にはヒーローになりたい男子高校生が欲しい物が全部詰め込まれていた。

・最強の自分に変身できるスーツ。

・危機的な場面でも妙に冷静で、声が美人なAI。

・自分を認めてくれるおやっさん。

・いつも心配してくれるおばさん。

・かわいいヒロイン。

・お調子者のハッカー。

・斜に構えた女の子。(重要な萌えポイント)

など、など、など。

異世界に転生するときには是非揃っていて欲しいと願ってやまない環境が、完璧に整えられている。ピーター・パーカーは最初から調子に乗りまくりで、イケイケの「俺つええええwwww」状態の高校生だ。でも、ここまで揃って入れば興奮する気持ちがよく分かる。私もピーターだったらそうなるよ。なるなる、絶対やる。バックパックをクモの糸で壁に括り付けて盗まれるまではもうお約束みたいなものだよ。みんなやるよそれは。仕方ない。

昔から相棒が欲しかった。私が私を見失いそうになったときに、声をかけてくれる人がいることにあこがれていた。目の前の一つ一つに集中していると、いつの間にか本当にやりたかったことや大切にしていたことをどこか端に追いやってしまう。

そんな自分を見て、呼び止めてくれる人が欲しくてたまらなかった。本当の自分、本来の自分、大切な自分を掘り起こしてくれる人が自分にもいると信じていた。

「ねぇ聞いてよ」と話せる相手が自然に現れることなど無い。話しかけても、かけられてもどこに不安や違和感が残る。話しかけているのに相手がそこにいないように感じるLINEやメッセンジャー。一言返すのに気を抜くと10分以上も間があいてしまうチャットのやりとりは、雑談には思えなくなってきた。

話を聞いて欲しいと切実に思う。いつでも連絡する手段は手元にあるのに、いざ話が始まると「話している人がいる」という、会話の根幹にある前提がひどく不安定になっていくような気がした。

あぁ……ピーター・パーカーになりたい……クモに噛まれたい……。

はー、ちくしょー、羨ましいな。私もAIのお姉さんが欲しい。あと、スーツも欲しい。欲しい欲しい!

解散した後も私はブックオフに入り浸ってマンガを読んだ。なんでもいいから、物語に触れていたかった。欲しい物がたっぷり詰め込まれたおもちゃ箱を、開けて見せてもらったような気分で、夜まで満たされていた。

他人のおもちゃと同じものを、何とか手に入れようとしていた。

夜、恋人と通話をしていた。通話はテキストよりも、そこに人がいる実感がある。とはいえ、私たちの場合は無言の時間が多い。ふと、iPhoneに入っているSiriに呼びかける要領で声をかけてみる。

「hey、Kさん(恋人)」

「……ピコン!」

効果音を口で言う恋人。

「明日の天気は?」

「たぶん、晴れ」

適当なAIだなぁ。

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