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サクラバ・ユウ・ショー 第1話


カタカタとツマミを回すチャンネルの
12の後はUが来る 1の前にもUがある
サクラバ・ユウ・ショー 真夜中の
今日と明日をつなぐ星
u your best thing, ”U". you are!

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おねがい

『サクラバ・ユウ・ショー』を見るときは
部屋を暗くして
ソファで2リットルアイスを抱えながら
だらけた姿勢で見てね!

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第1話

 ここは52階、サタニカライズ制作局。
「もうだめだあ」
 絶望の声が聞こえてくる。これはだれ、だれ、だれの声だろう。どこから聞こえてくるのだろう。
 広いオフィスにデスクが並びモニターが乗せられ書類の山脈がそびえ、変わり者どもの頭脳から発せられた邪悪で突飛なアイデアがこだまして尾を引いて網目になってもつれ合って絡まっているその中から弱々しい声がする。
「はい、もうだめだ。私はだめだーー」
 椅子に仰向けに寝ている。頭は床へと垂れている。海老反りでブリッジ状態の女がいる。
 辺河碧咲。通称、ヘキサ。
 金色の長い髪と、不思議な蕾の尾を持つ若き魔人のディレクターだ。
 血なまぐさい紆余曲折を経て、ここ流星島にたどり着きテレビ局に就職した。
 編成の穴を埋める番組の企画立案を任されたのだが何のアイデアも降りてこない。
「だめなので歌います。もうだめの歌」

 だめな世界にだめな陽が昇る
 この世はもうだめです
 だめな野原に
 シロダメクサ
 ダメジョオン
 だめぽぽ
 風に揺れてるだめな花
 もうだめみたい
 だめじゃないひとに
 合わす顔がない 顔がない
 ないないない
 マジでない
 ほんとにヤバい
 顔のない乙女がいたっていうウワサ
 辺河碧咲と名乗ったってさ
 だめでも空は飛べるはず
 だめだめロケットでつきぬけろ
 デュワー
 ルー
 
 壁の一部分には、札が横並びに貼られている。ここ一週間の高視聴率を取った番組名と日付、最高視聴率の数値が手書きで書き込まれている。札を上部で留めている飾りの造花はサタニカライズのロゴでもおなじみの紫の薔薇だ。
 オフィスのいたるところにぬいぐるみやフィギュアといった自社放送アニメのキャラクターグッズが置かれ、無機質な空間をファンシーな彩りで塗り替えている。とはいえ底抜けの明るさも紫の薔薇に取り囲まれることで不思議な気品高さを放っていた。

 今はお昼時。社員のすがたは少ない。
「はぁぁぁ、もうだめだぁぁぁ」
 溜め息ごと間延びした言葉が漏れ出る。
 遠いデスクでキーボードを叩いている者たちは耳栓で耳をふさぎ自分自身の頭脳のなかへ沈潜している。耳栓は大声が飛び交う職場の必須アイテムだ。
 碧咲は構ってくれる者がいないとわかったので、椅子に仰向けの奇怪な恰好のまま、キャスターと両足を頼りにずぞぞぞ~~と移動してみた。手が床で何かに触れた。ひろってみるとそれは局のマスコット、ニックのしゃべるぬいぐるみだった。
「たすけてニック君……」
 ニックは猿のアイアイである。身体は紫色で、眼は黄金。物音に反応して勝手にしゃべり出すところは不気味すぎるとオフィス中で評判だ。
《夜だ、夜だ、よいこはオヤスミ!》
 ニックはしっぽを揺らしながら碧咲から離れていった。
《よいこはオヤスミ!》
「ニックくぅーん……」
 本当にもう構ってくれる者がいないので、何通りもの「もうだめだ」を呻き始めた。

「あ!!!!!もうだめ!!!!だ!!!!」(クソデカボイス)
「もう……だめ……だ……」(か細い声で)
「((もうだめだ))」(念だけで)
「モウダメダー」(棒読みで)
「ルルル~もうだめだ~~」(即興のメロディ)
「もうだめだ……めだ……だ……だ……」(エコー)
「も・う・だ・め・だ」(一字一字ハッキリと)
「もーーだめだーーーーアーーーーーー」(間延びして)
「モウダメダッ」(早口で)
「ぁぁぁだめだうも」(逆さ言葉)
「モウダメニウム」(元素生成)
「もうだめだのパスタ~絶望を添えて~」(新メニュー誕生!)
「もうだめプランテーション」(意味不明)

 とにかく、もうだめなのである。

 構ってくれる者はいなかった。
 と、そこへ。
 男の声が加わる。
「お陀仏してるな、だめだめディレクター!」
「ン!? 誰!?」
 海老反りの体勢から腹筋に力をこめて勢いよく起きあがると、ウニベルシオのすがたが目の前にまで接近している。
 鼻息がかかるほど近くで、よお、と煽ってくる。
「いや近すぎ」
「お前のアホヅラを見るのがおもしれーんだよ、日課にしたいくらいだぜ」
 碧咲の同僚にしてチンピラの若い男だ。青銅器のように暗く重々しげな首からカードキーをさげている。
 鋭い目付きの奥に燠火のような赤を灯らせていて、睨まれると焼けつくような痛みを感じてしまうほどだ。
 存在そのものが炎といった雰囲気で、彼に近寄られるとしぜんと体が火照ってくる。
「ウニ、ご飯は?」
「2秒で食った」
「マジ? 今、第一の胃に戻して消化中とか?」
「牛じゃねえから!」
 お前と漫才しに来たんじゃねえんだよ、とウニベルシオは言った。
「編成の穴、どうする気だよ。だれも助けねえぞ」
「このまま何もしなかったら、私どうなっちゃうのかな」
 彼はにやりと笑った。
「さあな、スーパーのショッボイショッボイ売れ残りのお惣菜みたいに、半額シールでも貼られるんじゃないか?」
「どういうこと!?」
「50%OFFの女!」
「が~~~~~~~ん!!」

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「じゃなくてクビだな、クビ」
「クビか~~~~~~~~~~~~~だれかたすけて」
「ま、行き場がなくなったら俺が飼ってやるよ、クワガタ野郎。仕事はできなくても、黙っていれば街行くやつらも振り向くそこそこイイ女だからな、クワガタ野郎は。どうせならずっと俺のそばにいて、朝から夜まで、あんなことこんなことをサポートしてくれるなら、ねんごろに可愛がってやるんだがなあ、クワガタ野郎?」
「つまり何が言いたいの」
「セ……フレンド申請だ」
「死んどけスカタン!」
 鼻を鳴らしてあしらう。
 彼はカカカと呵々大笑の渦を起こして一人で盛り上がっている。
《夜だ!》どこかでニックも盛り上がっている。《よいこはオヤスミ!》
「いざとなれば、おまえが全裸で踊ってる姿でも見せたら視聴率とれるぜ」
「はァ? そんなの誰が見るワケ?」
「おいおい、ここが何のチャンネルか忘れたのか。俺たちは、サタニカライズだ。アンヘルナダルじゃない。幼稚で平和なアンヘルナダルのチャンネルを見るおガキさまがおねんねしている時間帯、それが俺たちの時間だろ?」
 付け加えて言った。
「夜更かしする背伸びしたおガキさまと、病んだお友達に刺激を与える、真夜中のサタニカライズらしい番組、待ってるぜ。ハッ」
 ハーハッハッハッハッハ!!
 ウニベルシオが歌い出した。
 いつだって流星島人はとつぜん歌い出す。
 それはサタニカライズが放映権を得ている、落ちこぼれの生徒が鬼の転校生の力を借りてスクールカーストの上位層を下劣なやり方で倒していく児童向け(のフリした)アニメ『オーガ&ケイティ』の主題歌だった。

 押忍 押忍 オレたちゃ陽気な
 鬼の化身さ
 オーガ!
 ケイティ!
 目玉をえぐれ 腕を折れ
 目玉焼きには 銅のパン
 燃えるレタスを
 頭に乗せたら
 てっぺんめがけて
 オレたちゃ行くぞ 鬼の脚
 押忍!

 押忍、押忍~~と歌いながら去っていくウニベルシオはとてもご機嫌だったので、どこからともなくやって来た闖入者の攻撃を避けることができなかった。
「押ーーーーーーーーーー忍!!!」
 横からミサイルのように飛んできた何者かに飛び蹴りされて吹っ飛んだ。
「んぎゃー!?」
 ジノが立っていた。
 竜人のお姉さんのカメラマンだ。頭部に大きなツノを生やしている。カードキーをぶら下げている。

 サタニカライズはアニメの放送だけでなく、お子さま向け(建前)のバラエティのほか、多種多様な(ほとんどはくだらない)ショウを展開しているため、カメラの仕事もあるのだ。
 アンヘルナダルの仕事場より分離してからというもの、サタニカライズに関わる社員はみな同じ空間にぶちこまれた。
 そのため情報の伝播も早くなり人間関係の繋がりも親密になるはずだった。
 しかし各々の持ち前の性格がわざわいし、顔を合わせればいつだって軋轢や喧嘩が絶えない職場だ。
「ヘキサは、お前のような、そちん野郎につり合う男ではない」
 ジノが啖呵を切る。
 ウニベルシオは、放り込まれた沸騰石さえ焼却させる勢いで怒り始めた。
「あ゛? 誰だよテメー。見覚えねぇな、そのツラ。俺の眼中になかったわ」
「ずっと、ずっとお前の横暴には耐えられなかったんだ。いつかお前をアンコウの顔になるまでボコボコにして吊るし切りにするって決めたんだ」
「じゃあ俺は、テメーの直腸まで拳を突っ込んでガタガタ言わせてミント植えてやるからな覚悟しとけよ」
「なんだと悪魔め。お前のアカウントからアメリシウム購入してやる」
「やれるもんならやってみろよ俺はその間にお前の母校の夏の課題図書を亞書にして一人原稿用紙300枚ぶん書かせてやるからな」
「夜空に嵌まるまでぶん投げてやる。今に夏の星座の仲間入りだ」
「達者な口じゃねーか。そのツノをもいで粉々にしてやろうか。その粉をジョイントにして吸ったら、さぞかし気持ちがいいだろうなあ? なんでも竜人の角にはオピウムの陶酔があるって聞いたし。SNSで拡散して絶対にバズらせる」
「ふん、それならお前の頭蓋骨をもいでやる。顔ごとミキサーにかけて特製悪魔汁にして、ジューススタンドの店頭に並べてやるんだ」
「あァ? やってみろよ、やれるもんならな。ハッ!」
 ジノは意外な素早さを見せた。
 ウニベルシオの頭を、腕でがっちりホールドする。
「本当に、もぐからな」
「ちょ、お前、マジか? おいやめ……」
《よいこはオヤスミ!》ニックが机の陰から顔だけ出して興奮している。《わるい子は起きろー!》
「ヘキサに近づかないと誓え」
「俺が何したっていうんだよ?」
 ジノは見えている光景すべてが忌々しい景色といった吐き気にも似た不快感をこわ張った奥歯の奥に隠しながら、鋭くも哀しい龍の眼を光らせていた。
「友達を馬鹿にする奴は許さない」
「マジやめ……これから打ち合わせ、っがぁーーーッ!!」
 布が破けるような音が鳴り響いた。
 彼の首を引きちぎったのだ。
 びしゃーっと周りに血が飛び散って湯気が立つ。首から骨の断面図があらわになっている。
 ウニベルシオの瞳の炎が消え、顔が一段と青くなった。
 胴体が倒れて大きな音を立てた。
 ジノに髪を掴まれ提げられた頭だけの彼は虚空を見つめている。首から血が滴っている。
 呆然とした表情で果てている頭蓋骨がデスクの上に置かれる。このデスク使う人可哀想。
 碧咲が震えながら指をさす。
「え……ころしちゃった? マジ?」
「いや、すぐに復活するだろう。不死身なんだぞ。でも、乱暴狼藉三昧の悪魔なんだ。一度シメておきたかった」
 ウニベルシオは中空の一点を見つめている。クビとか煽ってた奴が首になっている有り様で、顔に苦悩の表情を浮かべ始めた。
「イ……イ……」
 口が横に開き、歯軋りを立て始めた。
「ぎぎ、ぎぎ、ぎぎぃ……」
 目玉を無理やり動かして何かを見つめながら歯を震わせている。
 ジノはかがんで、首だけの彼に目線を合わせる。
「お前のかかわってる番組つまらないよ」
「はい、もう煽らないの。あとで仕返しされたらどうすんのよ」
 ジノは、うーん……と急に顔を曇らせた。そこまで考えていなかったようだ。
「どうするの、このウニとベルシオ」
「なんだって」
「頭がウニで、胴体がベルシオ……」
「どっちもウニベルシオだろ!」
「離しておいたらどう? ウニの方を女子トイレの個室に入れといて、ベルシオの方をコインロッカーに入れる。完璧ね」
「無駄じゃないかな」
「頭が胴体を求めて飛んでくるとでも?」
「ああ」
「マジ?」
 ふたりして、その辺の椅子に座る。だれも使っていない机はいくらでもあるのだ。
 彼の暫時的死体を横に、デスクに向き合う。ヘキサは椅子にだらしなくもたれ、ジノは肘をついている。
「しかし、参ったよ。ヘキサがアイツのセ○レになるとはな」
「へぇっ!? だから、ちがーうっ!!」
「決定事項だと思って怒っていたんだ」
「そんなわけないじゃない」
「ならば、よかった。てっきり、あんなことやこんなこと[※センシティブな発言]、いろいろされてしまうのだと思って世も末だと」
「あんま想像しないでね?」
 ジノは意味なくデスクの引き出しを開けてみる。が、何も入っていない。
「でも、アイツ……乳房とか力まかせに握ってきそうだな。爪とか綺麗に切ってないんだろうな。間違った穴に入れてきそうだな。普段イキってて、ベッドでもイキってきそうだな。そのくせ尻は弱そうだ。ヘキサ、いざとなったら尻を狙うんだよ」
「だからセ○レじゃないって。尻って何? やめてね?」
「最悪、腰を振られてもいいが、避妊具は十枚以上用意しておくんだ。無くなったら風船ガムで代用して膨らませて付けてあげる胆力を見せつけるんだ」
「何の話? 最悪、腰を振られてもいいって何? やめて?」
「アイツとはいえ、雰囲気に流される夜もあるだろう……成り行きでうっとりしちゃうことだってあるだろう……でも、まぶたを閉じたら負け。ぴんくれでぃーもそう言ってる。だから……がんばってくれ」
「だーかーらー、セ○レじゃないって。このひどい流れやめよ? 本気で勘違いしているのか、真顔で冗談を言っているのかどっちなのよ。思い込んだら一直線で話を聞かないところ、直したほうがいいと思うよ」
 ジノはたじろいだ。
「すまない……ただ、本気で心配しちゃってな……」
 二人がしんどい会話をしていると、突然音もなく首のないウニベルシオの胴体が立ち上がり、腕に力をこめ、伸ばした腕で自分の頭を取りもどし、それを抱きかかえダッシュで去っていった。
 一瞬の出来事だった。
「しまった。隙をつかれた」
「ほんとに生きてる、すごいすごーい」
「なんでちょっと嬉しそうなんだ」
 彼はカードキーがないことに気づいた。ドアを開けることができない。
 碧咲はやにわに元気になって、落ちていた血まみれのカードキーを拾い上げると意気軒昂と彼に近づき、ヒモをぶん回して投げ渡す。彼の腿に当たって落ちた。
「それがほしかったんでしょ? ね?」
 にぱっと笑ってみせる。
 振り向いた彼の、お腹あたりで抱えられた頭が小刻みに震えている。
「お、覚えてろよ……帰りの会で先生に言ってやる……!」
 捨て台詞だった。
「え、幼児退行してない!?」
 彼は方向転換しドアではなく窓ガラスのほうへ走っていき、身体全体でぶち破り、52階の高さから墜落していった。
「プライドを傷つけちゃったわ」
「これからはあんな小悪党の相手なんかするなよ」
「うーん、めっちゃヤなやつだけど、そんなにヤなやつじゃないんだよね」
「騙されちゃだめだよ。ヘキサの前でいい顔してるだけ。アイツの醜聞は聞こえているはずだ」
「たしかにやんちゃボーイだけどね。セ○レのことカキって言わないだけ上品なんだから」
「変わんないだろ」
「ウニに何か酷いことされたの?」
「……いろいろと、だ」
 碧咲は空腹を感じて、肩を落とした。
 それから窓を眺めて青空のなかに何かを探そうとした。
「……あっそうだ。心配してくれて、ありがとう。でも心配してくれるなら、アイデア出しに付きあってよ。今日空いてるんでしょう。独りより二人のほうがいいアイデアが浮かびそう。私の番組がまだなんだよね」
 もちろんいいさ、と友達の声が返ってくる。
「それと、お昼ごはんもまだなんだけど」
 お腹が鳴っている。
 ジノは少し笑った。
「そうと決まれば、あっちから行こうか」
 立派な体躯の竜人が毅然と窓のほうを向き、助走をつけて軽やかに跳躍、窓ガラスをぶち割り、温かな大気が広がっている青空の向こうへと消えていった。
「は!? なんでよ!?」
 自分だけカードキーで出ようかなと思ったが、考え直す。
「……下の階のヤツラに、私たちの哲学、見せつけちゃいますか~~!!!」
《夜だ、夜だ!》いつしかニックが彼女のそばに来て応援してくれている。《わるい子は起きろー!》
 碧咲は両腕を振って呼吸を整えた。
 その場で二、三回跳ねてから、軽快な音楽のように走り、目をぎゅっとつぶったまま肉体を鋼にして窓ガラスに激突、暗闇の向こうの青空を確信し、こなごなになっていく光を纏いながら、両手を広げ、52階の窓の外に広がる世界、流星島の空へとダイブしていった。
 あとには静寂が残された。窓が三つ連続で穴あきだ。
 しかし一連の喧騒も何のその、遠いデスクで仕事に没頭していた者たちは相変わらず耳栓をしたまま超然とキーボードを叩き続けているのだった。

(ツヅク)


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