ちくしょうと呟いて、夏|掌編小説
拘泥している場合ではない。爪先から夏を浴びて沈んだ気分を軽く払拭すると、エアコンの温度を一度下げた。
ピッ。
エアコンがひと鳴きして、少しだけ風が強くなることを私の耳と肌が感知する。きちんと私の五感はフル活動しているのに、体の芯はそれを拒絶しようとしていた。そして私は伏せていたiPhoneの表示を再度確認すると、やはり、あのひとからの着信通知だった。
嫌だ。
小さく口で呟いて、着信通知に名を残してあるあのひとを削除した。するといつの間にか息を詰めていたのだろう、大きく息を吐くと同時に、またあのひとから着信を通知したiPhoneはブルッと震えた。着信拒否してあるけれど、一瞬びっくりした私はiPhoneを床へ落としてしまう。
ガツン。
床へ反射した音は虚しく響いた。いつこのモヤッと重い感情を消去できるのだろう。苦味走った過去にケリはついているはずなのに、その名前を見ただけで過去は私を束縛する。
ちくしょう。
コウメ太夫よりは音量を下げて呟くと、なんだかマジっぽくなり、ふいに笑ってしまうと気が楽になった。過去はそう簡単に私を解放してくれないけれど、その度に私は「ちくしょう。」と呟きながら生きていけると思う、そんな初夏。
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