スポーツ推薦で進学、仕事もそつなくできるものだと思ってた。でも社会人になっても続く、体育会系価値観に馴染めない Sさん(28歳)の話
「小さな生活の声」は25〜29歳を対象にした会話の記録です。20代後半に差し掛かった途端、急激に変化する周囲の環境。結婚、出産、キャリアアップ……着実にステージを登っている友人を見て、自分には何もないと焦燥感に駆られる人もいるのではないでしょうか。そんな彼らと私の本音を記録していきます。
第10回は教育関係のメーカーで働く28歳・Sさん。スポーツ推薦で大学に入ったSさんでしたが、元々ホモソーシャルな雰囲気が苦手で、大学で訓えるスポーツマンシップにも上手く馴染めなかったとのこと。大学卒業後は就職したが、そこでも男性社会的な空気は蔓延っており次第に違和感を抱くように。一方で、小さい頃からスポーツを頑張ってきたという自信もあり、周囲だけでなく自分自身でも、仕事へのハードルを上げていたといいます。
“厳しいほどいい結果が出る”という意識に疑問があった大学時代
奈都樹:事前ヒアリングでは「小さい頃からサッカーをずっとやってきてスポーツ推薦で大学にも入れたけど、元々体育会系ならではの考え方が苦手だった」という話を伺って興味深かったです。サッカーを始めたきっかけは何だったんですか?
S:兄貴が二人いるんですけど、どっちも球技をやってたこともあって、自分も何かしらやることになりました。球技をやるとなれば野球かサッカーの二択だったんですけど、野球をしてる人たちの独特な空気に違和感があったし、坊主になるのもよくわからなくて、サッカーを始めることにしたんです。
奈都樹:その後、結果的にスポーツ推薦で大学に入ったということで。相当上手くないと入れないですよね。
S:地方ではいい感じの方でした。勉強せずに大学に入れたって感じではあるんですけど……でも大学となればいろんな地方から人が集まってくるから空気が変わるんですよね。僕の大学は関西圏だったんで、主に西日本地区から集まってくるんですけど、地元とは全然違って。
奈都樹:どのあたりに違和感を抱くようになったんですか?
S:その大学では、スポーツを通じて人間育成をするという意識が強くて、厳しいほどいい結果が出るという考え方でした。俺からしたら“別にそれで金が貰えるわけじゃないのにそんなことする必要ある?”って感じで。大学とはいえ人間関係が広がるわけでもなくて、結局周囲にいるタイプは大体似てる。そんな環境で「人間育成」と言われてもっていう根本的なモヤモヤがあったのかもしれないですね。
男のマジョリティな価値観が無いのかもしれない
奈都樹:厳しいほどいい結果が出るという考え方は旧態依然とした働き方に近いものを感じます。大学を出て働きはじめたときはどうでしたか?
S:自分にとっては部活の延長線上みたいな感覚でした。
奈都樹:思い描いていた社会人像とのギャップもありました?
S:当初はありましたね。やる気がなくてもそつなくできるだろうと思ってたんですけど、そつなくできずに怒られて。むしろ苦手な方だったわって。新卒で入った会社は、団塊ジュニア的な人が多くて、昭和の空気がそのまま残ってました。
奈都樹:パワハラとかセクハラとか。
S:そうですね。悪気なくひどいことを言うみたいな。団塊ジュニアといっても人それぞれだとは思うんですけど、俺の職場は多かったですね
奈都樹:私も新卒で入社した会社はそんな感じでした。価値観の変化に対してアンテナを張り続けることって難しいですけど、そうしなければ男性社会的な空気は無くならないとも思います。特にSさんが働いていた会社みたいに、40・50代が多い職場だと価値観が染みついてるからなおさら難しそう。
S:多様性とかフェミニズムとかの意識って今は自然と頭にあるじゃないですか。でも、そうじゃない人って本当はめちゃくちゃいるんでしょうね。
奈都樹:そうなんですよね……でも価値観をアップデートさせることに敏感な方が良いと思う反面、自分が生きづらくなっていくような気もしませんか? 新卒で入社した頃、職場にはまだ男性社会的な空気があったんですけど、私は同僚に対して“この人たちは今の価値観をわかってないからこんなことするんだ”と思ってたんです。当時まだ若かったこともあって“こんな職場で一生働かなくてもいいや”と一線引くことでコミュニケーションを取らなくなった。そのうち同僚たちとのズレが生じていったんです。
S:そういうことしかないですね。その人たちの気持ちがわかることもあるんですよ。人間みんな中身はカオスなんだから、思想と言動が違うことだってあるだろうし、俺には理解できない思想を誰しも持ち合わせてるんだろうなとも思う。でも実際にそういう発言が目に入ったりすると、“なぜ相手の立場に立てないんだ。なぜ?なぜ?なぜ?”って疑問が立ち上がってくるんですよね。
奈都樹:そうなんです。でも考えてみれば、自分と異なる価値観を持った人たちとどう仕事をしていくかって、生きていく上ですごく重要なことじゃないですか。なんなら実は自分の方がその価値観を押し付けてる可能性だってあるわけで。異なる価値観を持った人と距離をとりつつ壁を作りすぎず。それが理想だけどなかなか難しいです。
S:そうですね。
奈都樹:私の知人は後輩に対して苦手意識があるという話をしていました。それなりに気遣っていたつもりだったけどうまく関係性が築けなくて、そのままその後輩は辞めてしまったと。なぜそうなったのかって、本当に小さなボタンのかけ違いからはじまったんだろうなという気もしていて。
S:うーん……上司の立場からすれば部下を気にかけたいと思うのかもしれないけど、部下の立場からしてみれば「あんたにわかるわけない」って気持ちがあるんですよね。
奈都樹:互いに心を開いてないから、本当のことはわからないまま同じことが繰り返される……みたいなことはいろんな会社で起きてるんだろうなと思います。Sさんは職場で心を開いた先輩はいましたか?
S:いるかなあ……ガード硬いから……絶対入らせないようにしてるところがあるんですよね。俺には男のマジョリティな価値観が無いのかもしれないと思うこともあります。
奈都樹:というと?
S:所謂“男っぽい”趣味にそこまで興味がなくて。例えば、車とかゴルフとか飯とか服よりも、本とか音楽とかサブカルチャーの方が好きだったり。上司から「サッカー観るの?」って聞かれて、「海外の試合は観ますけど……」って言うと、そこからスポーツの話になって、結局「ゴルフいいじゃん、やってみれば?」に落ち着いたりするんですけど、俺、ゴルフにハマれなくて兄貴にゴルフ用品一式あげちゃうぐらいなんですよ。そんな感じで趣味とかノリとか違うから話が上手く合わなくて
奈都樹:相性が合わないと心を開くことも難しくなっていきますよね。
S:コール飲みみたいな表面上の男性性はまだいいんです。そういうのじゃなくて、内側からこぼれ落ちる男性性ってあるじゃないですか。圧強めでギラギラしてる人とか、中身じゃなくて側だけやたらこだわる人とか。そういうの、神経質だから感じ取っちゃうんですよね。その度におお……って一歩引いて見たりします。
自分でもできると思ってるんです。あんだけ頑張ってたからできるでしょって
奈都樹:今は転職されたと伺いましたが、新卒で入社した会社はなぜ辞められたんですか?
S:人間関係が上手くいかなかったんです。最終的には辞める前提で心療内科に通いました。結果は、適応障害的な。先生からは「会社辞めた方がいいんじゃない」と言われました。それで徐々にフェードアウトしていって。
奈都樹:なぜそこまでストレスがかかってしまったんでしょうか?
S:俺、めっちゃ気遣うんですよね。向こうに求められてるんじゃないかって、必要以上に汲み取っちゃうんです。今はなるべくそうしないように意識してるんですけど当時はまだできなかった。仕事ができるかできないか以前に、自ら自分にストレスをかけてたんです。
奈都樹:心療内科に行くことはご自身で決められたんですか?
S:友人に勧められました。仕事の愚痴を話せる友人に「ずっとその話してるけど気持ち的にどうなのよ?」って言われて、ようやく心境を話せたんです。それで「心療内科行ってみたら?」って。でも、そういうとこに行くって怖いじゃないですか。だから、そこからまた何ヶ月はかかりましたけど、とにかくここから抜け出させてくれという気持ちで行くことを決めました。
奈都樹:男性はパーソナルな悩みを相談しづらいとよく聞きます。以前このインタビューに協力してくれた男性は、一人でいる時ですら泣くことができないと言っていました。
S:難しいとは思います。自虐とはまた別のリアルな弱みを自分で認識することはプライドもあるせいか難しくて。俺も経験したことがなかったから多少苦労はしました。
奈都樹:そうでしたか。
S:俺の場合はスポーツと仕事を直結させなかったことがよかったですね。もし直結させてたら、ポキって折れた時にどうにもならないメンタルになってたと思います。自分に嘘つかなくてよかったです。
奈都樹:どこへ行っても“スポーツマン”というだけで屈強なメンタルを持ってると期待されそうですよね。
S:自分でもできると思ってるんです。あんだけ頑張ってたからできるでしょって言い聞かせたりして。それで無理しすぎてしまう人って意外とたくさんいると思います。
金じゃないことに手を出していけば健やかに生活していけるんじゃないか
奈都樹:その後、転職先はどうですか?
S:教育関係のメーカーで3年ほど働いてます。でも入社して数ヶ月したあたりで長くは続かないなとは思いました。
奈都樹:最近SさんのTwitterを見ていて、もしかしたら辞めることを考えてるんじゃないかと思いました。
S:今年に入ってからは本格的に辞めることを考えるようになりましたね。気分がBADモードになることがあって、朝起きて歯を磨いてたら嗚咽が出たんです。これ前の会社にいたときもあったなあ……みたいな。俺、会社員に向いてないんです。
奈都樹:今の職場で確信したんですね。
S:死ぬまで走り続けるのはダルいなって。30歳を前にしてこのまま同じ生活スタイルでいるのもどうなんだろうって考えたりもします。かといって世間体や生活のことを考えると、会社員以外に選択肢がない気もしてて。
奈都樹:私自身もそう思うことがあります。Sさんは転職して新しい環境になったことで、色々気づいたことがあったと思うんですけど、それを踏まえた上で今どういう意識で仕事をしてますか?
S:ハードルをめっちゃ下げるようにしてます。“出社できてよかった”とか“俺が怒られてもその背後で庇ってきた人間も怒られてるんだから……”って考えたり。自分を認めるハードルを相当下げました。そうやって考えるようになったらまだ働けるなって。根っこに不安はまだあるけど。
奈都樹:今は心が平穏な状態を保つことを意識してるんですね。
S:過去のことを後悔していた時期もあったんです。もっと就活頑張ればよかったとか考えたりもして。でも時間が過ぎていくとまだこういうことやってなかったしとか、こういう本読んでなかったしとか、思うようになって。自分を納得させるためにそう考えてるのかもしれないけど。あらゆることは運が左右するから仕方ないって思うようにしてます。
奈都樹:今年に入ってnoteを始められましたよね。それも心境の変化があって?
S:影響を受けた本に“誰がみてるかわからんけどやりたいようにやれば”って書いてあったんですよね。あとは何かの記事でも“金にならないことが大事なんじゃないか”と言ってるのを見かけて、そうかもしれないと思ったんですよね。金じゃないことに手を出していけば健やかに生活していけるんじゃないかって。
奈都樹:Sさんのnoteを拝見したのですが、悲しみがじんわり残るような文章で、過去の記事も含めて一気に読み込んでしまいました。私としてはできればずっと読んでいたい気持ちなのですが、書くことは続けていきたいと思いますか?
S:続けた方がいいんじゃないかと思ってます。仕事に関しては世間体とか生活のこととか考えて仕方なく乗っかってる感じがあるから。そうじゃない何かをすることが大事なんじゃないかという気がしてます。
奈都樹:やりたいことに素直に従うことって生活を続けていく上で大事なことですよね。ここまでのお話を聞いていて、Sさんはご自身のことを冷静に俯瞰してみている方だと思ったのですが、将来の自分がどうなっているか想像することもあったりしますか?
S:んーー……それはマジでわかんないっすね。
奈都樹:今はとにかく平穏に過ごすことが第一。
S:そうっすね。嫌でも何かしら仕事はするだろうって感じ……でも、留学とかは考えたんですよね。日本で生きてても無理があんじゃねって。まあ、どうなんですかね……自分自身もまだ固まってないし。破滅しないように仕事をしながら、何かやりたいことをやるんだろうなと思います。
奈都樹後記
私はスポーツに専念してきた人たちは屈強なメンタルを持っているものだと思っていました。スパルタな指導、仲間とのチームワーク、厳しい上下関係の下で教育を受けてきた人たちは、社会人になっても伸び伸びと生きていけるものなんだろう。そんな羨望と冷笑が混じったような眼差しを向けていたところもあります。しかし、社会で自立するということは全くの別物。どんな環境で育とうと社会に出たら誰もが同じスタートラインに立つのだと考え直さなければ、私の偏見が誰かを追い込む可能性だってある。
また、私たちは価値観が合わない人たちと生活していくことについてもっと考えていく必要があると思います。私は心を開くことが苦手で、Sさんの“絶対入らせないようにしてるところがある”に物凄く共感しました。心を少し開いて話せたら状況は良くなるかもしれない。でも、過去のボタンのかけ違いによって抵抗が生まれてしまうこともある。じゃあ、ボタンのかけ違いは一体どこから始まったのか。私はこのインタビューで紐解いていきたいです。たまに「価値観が合わない人とは離れるのが正解」というメッセージを見かけますが、それを真正面から受け取ることは危険だと思っています。
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