雑記ー気づいたら顧問のような関係

税理士と違い、司法書士には顧問司法書士という形はほとんど見られない。

税理士であれば毎月事業者の帳簿をつけるなど定期的な業務があるが、司法書士はスポット的に関わることが大半だからだ。
相続があったり、不動産の売買だったり、一つ一つは大きな事柄であるが、定期的に必ずあるわけでもなく、顧問という形で報酬を貰うことは忍びない。(顧問を希望する人もいないだろう。)

とはいえ、事業者も事業者以外の人も含め、司法書士に対して気軽にアドバイスを求めてくるのが日常だ。「ちょっと教えてほしいんですけど。」、電話口でこんな一声は当たり前だ。なんならアポなしで突然来所なんてことも日常茶飯事である。司法書士がそれだけフランク(気軽)に頼れる存在でもあるわけで、悪として捉えるのは早計ではあるのだが、ここ北見市周辺では相談料という風習がないうえ、当然相談時間の上限すらないのは少しモヤっとするところだ。

電話であろうが、対面であろうが、依頼者の不整序で不必要な会話で30分を費やすこともある。話を聞いてほしいという気持ち、問題を解決したい気持ち、相談者はごちゃ混ぜで対峙してくる。勿論こちらが上手く誘導して調整するわけだが、それでも依頼に繋がらない(業務として成り立たない)場合にはかなりの労力となる。

これ、弁護士であれば絶対こうはならない。まず、電話で「ちょっと教えてほしいんですけど。」なんてのは通用せず、応対した事務員がすぐさま弁護士のスケジュールを確認し、相談予約を入れることになるだろう。当然、相談料は30分5000円あたりの負担がある。アポなし訪問なんてのは即追い払われる。そもそも、相談者側も弁護士事務所に問い合わせするには腰が重いはずだ。

話がズレたが、顧問という形は成り立たないが、顧問のような関係は成り立つように思える。「気軽に」「身近に」相談できる専門職という位置に司法書士がハマるわけで。
問題なのは、その顧問のような関係という価値に対価を生みだせるのかというところ。おそらく直接的な対価はなく、広く地域社会からの評価(信用)としてその対価が生まれているのであろう。

それが目に見えて対価として感じ取れる頃には人生の下りに入っているような気もするが。

「気づいたら顧問のような関係」

この言葉を使いたいがために文字を起こしてみた。



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