金曜日のショートショート08

金曜日のショートショート
お題「シナリオ」

タイトル『最悪のシナリオ』


「あのベンチに座って、このシナリオ通りに話してください」
俺が公園を歩いていると、切羽詰まった青年が五千円札と一枚の紙を差し出しながら言った。
「は?」
「ほらいいから!」
意味がわからずきょとんとする俺の背中を、青年は急かすようにぐいぐいと押す。
「とりあえずあのベンチに座って。ほら早く!」
胸ポケットに強引に五千円札をねじ込まれ、ベンチの方に押しやられる。
状況が飲み込めないまま、俺はとりあえず指定されたベンチに座った。
そして渡された紙を見る。
そこにはセリフが書いてあった。
どうやらここにやってくる人物に、ふたつの選択肢のうちどちらを選ぶかを伝えればいいらしい。
なにがなんだかわからないが、これを言うだけで五千円もらえるなら悪くない。
そう思いながら紙をたたんでポケットにしまう。
そして顔をあげると、俺のとなりにブラックスーツを着たガタイのいい男が座っていた。
ハリウッドのアクション俳優みたいな坊主頭の外国人だ。
すぐそばにある分厚い胸板を見て、思わず悲鳴をあげそうになる。
物音どころか気配すらしなかったのに、こんな図体のでかい男がいつの間に。
男は前を向いたまま「結論はでたか」と無表情で俺に問う。
ああ、そうだ。あの青年に頼まれた言葉を言わないといけないんだった。
なんだっけ、なんだっけ。
「ええと、その」
男の迫力に気圧されて、なにも考えられなくなる。
「AかBか、どちらか選べ」
男の顔がゆっくりとこちらに向けられる。その威圧感に股間がきゅっと縮んだ。
いや目力すごいんですけど。
こわい。めっちゃこわい。
紙に書いてあったのは、どっちだったっけ。
必死に思い出そうとしても、頭は真っ白だ。
ああ、もう。どっちでもいいや!
俺は考えることを放棄して口を開く。
「び、Bで!」
俺がそう言うと男は「わかった」とだけ言って消えた。
文字通り音もなく一瞬で目の前から消えたのだ。
ひとり残された俺は、ずるずると脱力しベンチの上でへたりこむ。
「な、なんだったんだ一体……」
破裂しそうなほど大きく跳ねる心臓を抑えて呟くと、足音が近づいてきた。
「お前なんてことしてくれたんだよ!あの紙にはAを選べって書いてあったのに、Bを選びやがって!」
叫びながら走ってきたのはさっきの青年だ。
俺は「ごめんごめん」と謝りながら、心の中で文句を言う。
あんな威圧感の塊みたいな男と対峙して、冷静に応対しろって方が無理だ。文句言うなら自分で伝えろよ。
「ねぇ、あいつって何者なの?」
「宇宙人だよ」
「はぁ?」
突拍子も無い言葉に鼻で笑おうとしたけれど、音もなく消えた男を思い出し表情筋が凍りつく。
「ち、ちなみに、選択肢のAとBってなんだったの?」
「Aは地球を守るために自分が捕虜になるで、Bは捕虜にはなりたくないから地球を焼き払ってもいいって」
「はぁ!?なんだよそれ!」
青年の言葉に声を荒げる。
こいつ、五千円で俺をあの強面マッチョ宇宙人の捕虜にしようとしたのかよ!どんな目に合わされるか想像するのもこえぇ!
怒る俺の前で、青年は頭を抱えてその場に崩れ落ちた。
「お前のせいで地球は終わりだよ!最悪のシナリオだよ!」
「俺にとってはどっちも最悪のシナリオだよ!!」
怒鳴りあう俺たちの目の前に、大きな影が落ちた。
驚いて見上げると、空を覆い尽くすほどの巨大な円盤が浮かんでいた。

なるほど、これは最悪だ。


【企画概要】
『金曜日のショートショート』は、隔週金曜日に、お題に沿って少し不思議な短編、いわゆるショートショートを書く企画です。報告不要で誰でもご自由に参加いただけます。(もしよければタグをご活用ください)
また、金曜日に間に合わなくてもOKなゆるゆるの企画です。過去分の参加もご自由に。
*次回(8/14公開予定)の第9回のテーマは『海』です。
◆テーマ一覧 ※()は公開日
01 金曜日(5/1)  02 レモン(5/8)
03 蟹(5/22)  04 はじめての(6/5)
05 キャンセル(6/19)  06 きらいなもの(7/3)
07 旅行(7/17)  08 シナリオ(7/31)
09 海(8/14公開予定)


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