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金曜日のショートショート03

金曜日のショートショート
第三回お題【カニ】

タイトル  とりあえずそいつの名前は足が10本だからジュウにした。


なにかペットを飼おうと、家族でペットショップへ行った。
かわいい子犬や子猫が並ぶ中、目立たない一番端のケースにカニがいた。
なぜカニ。なぜペットショップにカニ。
わたしは思わず二度見する。
カニは無言でわたしを見つめ返していた。
真っ黒な瞳はつぶらだが、一切の感情が伝わってこなくてこわい。
しばらくそうしていると、ガラス越しにカニと見つめ合うわたしに気づいて、夫と娘が近づいてきた。
ふたりはわたしの肩越しに、カニのいるケースを覗き込む。
「わ、かわいい。じっとこっち見てるよ」
その言葉に、今度は娘を二度見した。
は?かわいい?このカニが?
「しかも安いな」
続く夫の言葉を聞いて、嫌な予感が湧き上がる。
「今、特別にお値段を下げているんですよ」
背後から店員がわたしたちに話しかけてきた。そのにこやかな表情は、このカニに気付くなんてお目が高い、とでも言いたげた。
「特別に値段を下げてるって、なにか訳でもあるんですか?」
夫の質問に店員は頷き、親切に説明してくれる。
「じつはその子、横にしか進めないんです」
そりゃ横にしか進まないよね。カニだから。
「でも、それ以外はまったく問題ないんですよ。吠えませんし」
吠えないよね。カニだから。
「噛みませんし」
噛まないよね。カニだから。
「散歩もしなくていいですし」
むしろ散歩させてたら、やばいやつだってご近所さんに噂されちゃうよね。カニだから。
「しかも」
そう言って店員は真顔になった。重大な秘密を打ち明けるように声を潜める。
夫と娘は興味津々で聞き耳をたてる。
「……とても、おいしいんです」
いや、そうだろうね。カニだからね!
その言葉を聞いた夫と娘は、顔を輝かせてケースの中のカニを見た。
「いいね。じゃあ、この子を買おうか!」
声をそろえた夫と娘に、わたしは問いかける。
「それはペットとして?それとも夕飯として?」

そんなわたしたち家族のやりとりを、カニはガラスケースの中から、無感情な真っ黒な瞳で見上げていた。


#金曜日のショートショート

#小説

#ショートショート


金曜日のショートショートは隔週でお題を決めて公開していく予定です。
あくまで楽しくゆるくという方針なので、遅刻したり不参加だったり自由に長く続けられたらと思っています。
次回、第四回のお題は『はじめての』です。


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