金曜日のショートショート06

金曜日のショートショート
第6回お題【きらいなもの】

タイトル「私にはきらいなものがたくさんある」


私にはきらいなものがたくさんある。
おばけとか雷とか真夜中に屋根を叩く雨の音とか、
納豆とか魚卵とかトマトのどろっとしたところとか草間彌生のアート作品とか、
洋服の首の裏にあるタグとかジャージが素肌に当たるときのぞわぞわ感とか、
クラスメートの女子たちの無言の格付けとかほめられても真に受けず謙遜しないといけない暗黙のルールとか敵意を持たれないようにがさつなキャラを演じてしまう自分とか。

そしてなによりもきらいなのが、チャラチャラした軽薄な男だ。

私が屋上でひとり、コンクリートの床にぺたりと座りパンをかじっていると、きらきらした金色のものが視界に入ってきた。
「こんなところでひとりでごはん食べてるなんて、さみしそうだね」
そんなおせっかいなことを言って私の顔をのぞきこむのは、髪の毛を金色に染めたバカみたいな男。
誰だろう。こんな派手な生徒は、はじめてみた。チャラそうだけど少し大人びてもいるから、たぶん先輩。
だけど、高校生でこんな金髪にしているなんて、きっとやばい人だ。かかわらないほうがいい。
「ほうっておいてクダサイ」
短く言ってつんと横をむくと、彼は私に断りもせず勝手に人の隣に座る。
「またまた。かまってほしいくせに」
「かまってほしくなんか……!」
思わず振り向いて反論する。彼はむきになった私を見てにやにや笑っていた。
「友達とケンカでもした?」
図星をつかれ、ぐっと唇を噛む。
「当ててあげようか。友達の好きな先輩と話してただけで、妬まれて仲間外れにされてるんでしょ」
この人はバカそうなのになんでこんなにするどいんだろう。
まるで空から私のことをながめていたかのように、得意顔でずばりと言い当てる。
「……ただ話しかけられたから答えただけで、私はなにも悪くないのに」
それで無視されるなんて、理不尽すぎる。
体育座りをした膝をかかえてそうつぶやくと、彼は微笑みながらうなずいてくれた。
「そうそう、君はなにも悪くないよ」
手をのばし、ぐりぐりと乱暴に私の頭をなでる。
「でも生きていたらこの先、そんなことだらけだよ。自分は悪くないのに一方的に不満をぶつけられていやな思いばっかりするよ」
「この先の人生、ずっとこんなことの繰り返し?」
彼の言葉にうんざりした気分になる。
「そう。だから全部投げ出しちゃおうよ」
突然の提案に、私はきょとんとして目をまたたかせる。
すると彼は立ち上がり、私に向かって手を伸ばした。
「俺と一緒に行こう」
「え?」
返事を待たずに、彼は私の手を握った。長い指の感触に、頬が勝手に熱を持つ。
「い、いやでも、もうすぐお昼休み終わるし」
「授業なんてさぼっちゃおうよ」
彼はそう言って私を立ち上がらせた。手を握ったまま歩き出す。
「でも私、あなたみたいな男、きらいだし……っ!」
「知ってるよ。君にきらいなものがたくさんあるのは。おばけに雷に女子の集団にチャラチャラした男でしょ?」
なんでそんなことを知ってるんだと思いながらも、男の子に手を握られているという事実にパニックが収まらない。
「きらいだと思い込んでいるだけで、相手のことを知れば意外と好きになっちゃうかもよ?」
私の手を握る彼は、屋上の端へと向かって歩き出した。
いったいどこにいくつもりなんだろうという疑問は、『好きになっちゃうかもよ』という自意識過剰な彼の言葉のせいで頭の中から吹き飛ぶ。
「す、好きになんてならないし……っ!」
気付けば私たちは屋上の柵の前まで来ていた。風が吹いて、彼の髪がふわりと揺れる。陽の光にすけて、きらきら輝いて見えた。
きれいだなと思って、そんなことを考える自分に戸惑う。
チャラチャラした男はだいきらいなのに。
「さ、行こう」
彼が私の腕を掴んだ。その力の強さに驚く。なぜだか少し怖くなってごくりとつばを飲んだとき、後ろから私の名前を呼ぶ声がした。


それと同時に、腕を掴む指の感触が消えた。


振り返ると、そこにはケンカした女友達がいた。
「さっきはごめん。先輩と楽しそうに話してるのがうらやましくて」
彼女は私にかけよると、そう言って頭を下げる。
素直に謝られ、私はきょとんとしてしまった。
「いや、私もちょっと無視されただけで切れて教室出ちゃったし……」
考えてみれば私も少し大人げなかった。
そう反省しながら首を横に振る。
「よかった」
ほっとしたように笑った友人の顔を見て、肩から力が抜けた。
さっきまでは人生に絶望するくらい気分が沈んでいたのに、ちょっと歩み寄れば、こんなに簡単に和解できることだったんだ。
──きらいだと思い込んでいるだけで、相手のことを知れば意外と好きになっちゃうかもよ?
自意識過剰だと思った彼の言葉は、案外正論なのかもしれない。
「休み時間終わるから行こっか」
友人にそう言われ、うなずいて歩き出す。
その途中で彼女が思い出したように口を開いた。
「そう言えば、さっきひとりでなにを言ってたの?」
その質問に「え?」と声がもれる。
「ひとりでって……」
戸惑いながら、さっきまで自分がいた場所を振り返る。
そこには転落防止のための柵があるだけで、誰もいなかった。
「あれ?」
がらんとした屋上を眺め、呆然とする。
彼はどこに消えたんだろう。
不思議に思って自分の腕を見下ろす。そこには、くっきりと指の形のあざが残っていた。

【企画概要】
『金曜日のショートショート』は、お題に沿って少し不思議な短編、いわゆるショートショートを書く企画です。
報告不要で誰でもご自由に参加いただける企画となっております。(もしよければタグをご活用ください)
また、金曜日に間に合わなくてもOKなゆるゆるの企画です。過去分の参加もご自由に。
*次回(7/17公開予定)の第7回のテーマは『旅行』です。

【テーマ一覧】
01 金曜日(5/1公開)
02 レモン(5/8公開)
03 蟹(5/22公開)
04 はじめての(6/5公開)
05 キャンセル(6/19公開)
06 きらいなもの(7/3公開)
07 旅行(7/17公開予定)


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