金曜日のショートショート02

金曜日のショートショート
第二回お題【レモン】

タイトル「そんな夫は嫌いじゃない」


「わたしはレモンが嫌いだ」
唐揚げの横に添えられたレモンを睨みながらわたしはつぶやく。そんなわたしに夫は呆れたように言った。
「そんなに嫌いなら、この世からレモンを無くせばいいよ」
夫の提案に「そんなことできるわけないじゃない」と唇を尖らせた。
けれど夫は涼しい顔で「できるよ」とうそぶく。
そして彼は『レモンそっくりの爆弾が出回っている。レモンを丸かじりすると、100万分の1の確率で爆発する可能性がある』という噂を流しはじめた。
「そんなバカげた噂でレモンがこの世から消えるわけがないでしょう」
わたしが文句を言うと、彼は「まぁ見ていなよ」と飄々と笑った。
いつしか若者たちの間でレモンを丸かじりする動画をSNSにアップする『レモンチャレンジ』という遊びが流行りはじめた。
100万分の1の確率で混じっているらしい爆弾を引き当てるかどうかという、度胸試しだ。
その影響か、空前のレモンブームが訪れた。スーパーのフルーツ売り場では一番目立つところにレモンが並び、あちこちのお店でレモン味のスイーツが発売される。街は鮮やかなレモンイエローで埋め尽くされた。
「レモンをなくすどころか、溢れかえるほど増えてるじゃない」
「まぁ、見てなって」
わたしの苦情にも、夫は耳を貸さずにこにこしていた。
しばらくすると、レモンチャレンジをする若者たちの間で、アレルギーや体調不良を訴える人たちが急激に増えた。レモンの皮に付着した防カビ剤や農薬が、彼らの体を蝕んだのだ。
なんの知識もなく、ただ面白いという理由だけで、彼らは皮に付着した農薬を体内に取り込み続けていたのだ。
それをきっかけに、レモンブームは一気に終焉を迎えた。あんなにもてはやされたレモンが、今では忌み嫌われるものになり、街から姿を消した。
「ね、この世からレモンがなくなったでしょう?」
夫は自慢げに言いながら、あげたての唐揚げに瓶に入ったレモン汁をかける。
わたしが目を見開くと、「レモンが消えてもいいように、買い溜めておいたんだ」と笑った。


わたしはレモンが嫌いだけれど、そんな夫は嫌いじゃない。


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