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ピカソって何がすごい?(キュビスム展)

「アート」と言われて、まずピカソの絵が頭に浮かびます。そしてピカソといえばあの意味不明な絵、”キュビスム”。
なんか幾何学的な柄で、多角的な視点で……とそんな認識ですが、「ピカソって何がすごい?」と聞かれても、うまく答えられない。
そんな自分を変えるために上野に向かいました。

展覧会概要

名称:パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展—美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ
開催場所:国立西洋美術館(東京・上野)
開催期間:2023/10/3(火)~ 2024/1/28(日)
展覧会公式サイト:

作品リスト:

感想

仕事休みの平日、張り切って開館時間の9:30に合わせて上野の会場へ。
平日の展覧会はあまり行ったことがなく、空いているものかと思っていたのですが普通に混んでるんですね。
修学旅行の中高校生たちもたくさんいて、なにやら紙に感想を書き込みながら班で見学をしており、懐かしホッコリした気持ちになりました。

第1章:キュビスム以前 その源泉

19世紀から、西洋美術の世界は、伝統や規範から飛び出した新たな表現方法を求めて動き出し、その支流の一つがキュビスムでした。
ではそのキュビスムの源泉は? がこのセクション。
ポール・セザンヌ、ポール・ゴーガン、アンリ・ルソーなど、キュビスムの作家たちに影響を与えた彼らの作品が並びます。

彼らの作品には、複数の視点から描かれたものや幾何学的な画面構成など、キュビスム誕生に先んじてその片鱗があります。
ここに灯った小さな火をピカソやブラックが大きくしていくんですね。

また、初期のキュビスム作家に影響を与えたものとして、アフリカの造形物なんかの展示もありました。

製作者不明《ヨンベあるいはウォヨの呪物(コンゴ民主共和国)》 制作年不明

上はアフリカ・コンゴの呪物。
ヨーロッパの作家たちは、外の文化の中で形成された造形や美的感覚に強い興味を抱き、自らの作品に取り入れていったそうな。

第2章:「プリミティヴィスム」

セクションタイトルの「プリミティヴィスム」は、アフリカやオセアニアの美術に影響され、単純化・図式化された表現のことを言うそうです。
前セクションのアフリカの呪物のように、これまでの西洋にはない価値観を、新たな表現を追い求める前衛的な作家たちは取り入れていきました。

ジョルジュ・ブラック《大きな裸婦》 1907.冬 – 1908.6

ピカソの代表作《アヴィニョンの娘たち》を見たブラックは衝撃を受けて、そのアンサーとしてこの作品を描いたそうです。
最先端を走る作家同士がぶつかって高まりあっていく感じがいいです。

マリー・ローランサン《アポリネールとその友人たち (第2ヴァージョン)》 1909

これは独特。シュールな海外の漫画みたい。
後日この絵について調べたところ、女性のローランサンにとって直線で表すキュビスムはあまりに男性的であるということで、このような丸みを帯びたキュビスムの表現になったようです。
おもしろい。

第3章:キュビスムの誕生 セザンヌに導かれて

ブラックはセザンヌが製作した地に赴き、彼の表現を真似て絵を描きます。
ピカソはセザンヌを研究し「セザンヌ的キュビスム」とも呼べる作品を描きました。
キュビスムの誕生にはポール・セザンヌの存在が欠かせません。
それはキュビスムだけにとどまらずでなく、フォーヴィスムなどの別の支流の若い作家たちにも影響を与えています。
すごい、セザンヌ。さすが近代美術の父。

パブロ・ピカソ《裸婦》 1909
※撮影禁止

インパクトの強さが圧倒的で、本展覧会中で一番印象に残った作品です。
パッと目にした時、何か見てはいけないものを見たような怖さがあります。
「神様の姿は見てはいけない」といいますが、それと似た感覚。

内容としてはキュビスムここに極まれりといったもの。
タイトルを見て女性が描かれていることはわかりますが、もはや人とは呼べない造形。背景とも同化しています。
反面、そこにある物質を”正確”に描写したという印象もありました。
機械が目を持って我々を見たら彼らの目にはこう写るのかなとか思ったり。

第4章:ブラックとピカソ ザイルで結ばれた二人(1909–1914)

この展覧会は、キュビスムの中心人物でありるピカソとブラックの二人を中心に、キュビスムという美術史の一つの流れを見ていくような構成になっています。
1912年になると、その流れは「総合的キュビスム」という段階を迎え、作家たちはキュビスムの思想を表現するために、さまざまな技法を施行するようになります。

パブロ・ピカソ《肘掛け椅子に座る女性》 1910

キュビスムが発展していくにつれ、幾何学化が進みモチーフの認識が難しいものも出現してきます。

もはやこれを見て「肘掛け椅子に座る女性だ!」と結びつけて考えることはできない…というか作者もできるとは思ってないのでしょう。
こういう解釈もできる、という新たな視点に気づかせてくれます。

ジョルジュ・ブラック《ヴァイオリンのある静物》 1911

これまた何の絵だ……とよく観てみると、ところどころにヴァイオリンっぽいデザインがちらほら。
その場面を構成している物質をいったんバラして再構築、といった感じ?
既製品をどのように使ってどのように絵画を創造するか、という楽しみ方もあるのかなと思いました。

ジョルジュ・ブラック《ギターを持つ男性》 1914

表現方法の模索の一環で、油絵具だけでなく大鋸屑を使った作品。

そういえば、展覧会をとおしてギターやヴァイオリンをモチーフにした絵が多かったのだけど、シンプルにデザインとして可愛いからなのかな?
それともカルチャー的な理由があるのかしら?

第5章:フェルナン・レジェとフアン・グリス

レジェは色彩表現やコントラストを制作の原理としました。
グリスの描く絵は対角線や垂直線など複雑な空間が特徴的です。
キュビスムを生み出したピカソ、ブラックの思想を追従するものたちが現れました。
こうしてその流れはさらに広がり、細分化していくのです。

フェルナン・レジェ《形態のコントラスト》 1913

レジェの絵はキュビスムの流れを確かに汲みつつも、ピカソやブラックにはない色の使い方が見られます。
多角的な視点を持ちつつ、色が持つ印象を利用しているような構成です。

第6章:サロンにおけるキュビスム

ピカソやブラックの影響を受けた若い作家たちは、二人とは違い、公募による大規模な展覧会でも作品を発表したそうです。
そのため彼らを「サロン・キュビスト」とも呼びます。

アルベール・グレーズ《台所にて》 1911
※撮影禁止

角ばって木彫りのような感じで、より立体感を感じる。
平面の絵なんだけど像を見てる感覚に近くて、「そこにある」という感覚が強かったです。

グレースはメッツァンジェと共に「キュビスムについて」という本も書いていて、ピカソたちよりもより理論的にキュビスムの探究をしていたとのこと。

第7章:同時主義とオルフィスム ロベール・ドローネーとソニア・ドローネー

オルフィスムというのは「オルフェウス(詩的な)」という意味を持ち、ロベール・ドローネーはその発明者と呼ばれました。
ソニア・ドローネーはその妻で、ドローネー夫妻は「同時主義」という概念を打ち立てました。
それは色彩同士の対比的効果を探求するもので、オルフィスムは色彩によって構成された「純粋な」絵画と捉えられました。

ロベール・ドローネー《円形、太陽 no.2》 1912–1913

太陽の周りに現れる虹のような光の輪を「ハロ」というらしいのですが、こちらはそれを描いたものなのでしょうか。
ドローネーの計算された配色が落ち着きます。

第8章:デュシャン兄弟とピュトー・グループ

兄弟揃って大芸術家というとんでも兄弟のフィーチャーセクション。
彼らを中心に組織されたのがキュビスムの大展覧会「ピュトー・グループ」です。
黄金比、非ユークリッド幾何学といった数字、四次元の概念……などの科学をキュビスムと理論的に結びつけようとしたといいます。

フランティシェク・クプカ《挨拶》 1912

クプカは、『連続写真』など当時の科学がもたらした新たな視点に関心を持っており、運動の表現を追求したといいます。
この作品でも、お辞儀の軌跡が見て取れます。

一連の動きを一枚の絵画に落とし込むという試み。
この連続性は過去・現在・未来の別視点を同時に表現しているようにも感じて、そういう意味ではキュビスムの多角的な視点をまた新たな角度から実践しているようにも思えますね。

第9章:メゾン・キュビスト

装飾芸術の振興に力を入れたサロン・ドートンヌには1912年に「メゾン・キュビスト(キュビスムの家)」という作品が展示され、キュビスムを建築や室内装飾へと展開する試みがなされます。

レイモン・デュシャン = ヴィヨン《メゾン・キュビスト》 1912

理論的な美を表現を追求するキュビスムは、確かに建築との相性が良さそうです。
会場には大きなパネルで、原寸大の?メゾン・キュビストの室内装飾も見ることができます。

第10章:芸術家アトリエ「ラ・リュッシュ」

モンパルナスにある集合アトリエ「ラ・リッシュ(蜂の巣)」にはフランス国外から来た若く貧しい芸術家たちが集い、キュビスムを吸収、そしてそれぞれの表現を確立し、派生していきます。

マルク・シャガール《婚礼》 1911–1912

鮮やかな色彩はドローネーからの影響を感じさせます。
こうしてキュビスムは受け継がれ枝分かれして、また新たな表現へと繋がっていく。美術史の流れを感じます。

マルク・シャガール《キュビスムの風景》 1919–1920

これは風景をキュビスムの視点で見たものでしょうか。
それとも「キュビスム」という世界の風景でしょうか。
どちらにせよ、シャガールの絵は良いですねえ。

第11章:東欧からきたパリの芸術家たち

キュビスムの運動にはロシアやウクライナなど東欧の芸術家たちが多く関わっていました。
彼らの作品が並ぶセクション。

エレーヌ・エッティンゲン《無題》 c.1920

これまでとまた違ったタッチのキュビスム。
複数人なのか、一人なのか。様々な表情が見受けられますが、どれも暗い。

第12章:立体未来主義

かっこいいタイトル。
フランスの「キュビスム」と、イタリアで発生した「未来派」が、20世紀初頭のロシアで合流し「立体未来主義」が展開しました。
都市・機械・工業などの未来派的なテーマとキュビスムの画面構築が融合します。

ナターリヤ・ゴンチャローワ《電気ランプ》 1913

電気ランプという、当時の人々の生活を一変させた未来的なモチーフがキュビスム的表現で描かれています。
光は目でその形がちゃんと見えないけど、確かに脳ではこう受け取ってますよね。

ゴンチャローワはグラフィックデザインなどの分野でも活躍したそうで、それも分かるデザイン。この色のコントラスト好き。

第13章:キュビスムと第一次世界大戦

1914年勃発の第一次世界大戦。
この出来事の体験は、ヨーロッパの芸術家たちに物理的にも、心理的にも大きな影響を与えました。

レイモン・デュシャン = ヴィヨン《大きな馬》 1914(1966鋳造)

牧場かどこかで実物の馬を見た時、肌?毛並み?の綺麗さに驚いたことを思い出しました。肉肉しい丸み、でも足は線で機械的。生物とは思えない、速さを追求した理論的な造りをしている。
そういった部分を抽出して表現しているような作品。

立体作品はぐるりと色んな角度から違う視点で作品を見れるのが面白いですね。

アルベール・グレーズ《戦争の歌》 1915

「戦争やめてー!」って曲を聴いたグレーズ。
それを聴いたときの感情、音を表現している作品。

第14章:キュビスム以後

戦争の終結後、キュビスムを乗り越え、機械文明の進歩に対応した新たな芸術運動「ピュリスム(純粋主義)」が、明瞭な幾何学的秩序に基づく普遍的な美を唱えました。

またピュリスムの理念に共鳴しつつ、より機械そのものに魅了された独自の「機械主義」という概念も登場します。

アメデ・オザンファン《食器棚》 1925

機械、工業製品など、インダストリアルな美しさ。
個人的にこの辺はめちゃ好みです。

フェルナン・レジェ、ダドリー・ マーフィー《バレエ・メカニック》 1923–1924

機械主義の作家・レジェの映像作品。

ストーリーはなく、女性の顔やマシンや振り子が動く様子などが断片的に繋がって一つの映像になっています。
カメラの写し方も、画面が切り替わるテンポも、すべてが計算されているそうです。その様子は機械的で、例えば工場のベルトコンベアと規則正しく動く機械を延々と見ているような気分になります。
女性が映るシーンですら、笑顔になる口の動きが繰り返し映し出される描写であるとかで、温かみは感じられません。

まとめ

150点ほどの作品がありボリューミーで大満足な内容。

理系の美術というか、美術の論理的な側面を感じました。
なんでもありな絵画表現の中で(特に現代アートに関しては)、どのようにしてモチーフを描きだすか、について論理的に考えた人たちなのかな。

画家は世界を描き出すものだけど、その方法は派閥によっても人によっても異なります。
その一つの方法としてキュビスムを用いて、世界を構成する物質の本質を見る、それを作品にして表現しようとした人たちがいました。

そんな大きな流れを作ったのがピカソであり、ブラックであるということですね。彼らを中心にキュビスムがどのように生まれ、どのような道を辿って、どのように派生していったのかがよく分かる構成になっていて、とても勉強になりました。

鑑賞日:2024/1/18(木)9:30〜12:00
個人的評価:★★★★☆

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