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ミリタリーグッズはファッションではないことを知った日

戦争の記憶がある世代には理解されないのは致し方ないとあきらめている私だが、正直に言えばミリタリーグッズは好きだ。世代的にモデルガン規制とその後の非金属モデルガン全盛期を見ているだけに、ひとりぐらしを始めてからの蒐集ぶりは「恥ずかしくて人に言えない」レベルだ。一度Vショー会場で、長年会うことのなかったパソ通時代からの知人と再会したときは(別な趣味でつながっていた人だけに)まるで「エロ本を自販機で買う場面を目撃された」かのような恥ずかしさを感じた(なら行くなよと言われそうだが、ガマンできなかったのだ...)。

世代的にもうひとつ被っているのが「トップガン(トッカグンではない)」上映後のフライトジャケットブームだ。今思うと映画配給元と某出版社の煽りに乗せられただけだなと思えるけれど、CWU-36P/45Pは袖の縫製が経年と共に自動的にほどけるというイベントもあり、そのたびにコノヤロウと思いつつも買い直し、今もクローゼットにはパッチだらけのジャケットから一度も着たことのない新品同様まで数着ぶら下がっている。残念ながら公開延期となってしまったが、24年ぶりの新作はぜひ劇場で見たいと思っている。

本業がミリタリー以外にもさまざまなカルチャーに触れる機会の多い仕事をしているため、ファッションとしてのミリタリーへの興味はずっと続いていた。あるときとあるシューズメーカーが「日本の自衛隊のために作りました」というワークブーツのリリースを送ってきたときも「ふーん」と横目で見ていたのだが、ある日を境に「コレ、買った方がいいんじゃないか?」という出来事が発生する。2011年3月11日、東日本大震災の発災である。

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これは震災直後から二ヶ月、ずっと玄関に置いていた懐中電灯とヘルメット。電源が落ちると非常階段ですら危ないと感じてずっとそうしていたのだが、不要不急の仕事がなくなるのは震災も今も同じで、途端にヒマになってしまった。そこで何人かの仲間と被災地にボランティア活動に行こうとなったのだが、実行を計画した3月下旬になっても相当やばい状態らしいと知り、ある日意を決して当時渋谷にあったファントムに、気になっていたそのブーツを買いに行った。

https://www.phantom-web.com

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ダナーSDF5000という名のその靴は、被災地でその力を遺憾なく発揮した。一番上に貼った写真のようなグチャグチャの場所でも躊躇なく脚を踏み入れることができたし、釘を踏み抜きそうになったものの分厚いソールに助けられたことも数知れずだった。しかし時間が経つに連れ、自分たちがやっていることが「人助けごっこ」に過ぎないことを悟るようになった。被災者に寄り添う自衛隊の災害救助活動は、救助活動だけに留まらず、温食の提供や入浴支援、支援物資の輸送に至るまで「至れり尽くせり」だったからだ。もちろん、自分自身が被災したわけではないし、断片的に見ただけなので人によって感じ方は違うかもしれない。しかし3月下旬から6月上旬にかけて、宮城・岩手の様々な場所に展開していた彼らの活動をつぶさに見て「こんな組織がこの国にあること」のありがたさと意味について深く考えるようになった。もっとも私が買ったダナーが実際に自衛隊で使われているのかどうか?はこのとき知る由もなかったのだけれど。

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