医院スタッフの賃上げが、なぜ困難か?
世の中、明らかに物価は上がってきているのに、それに伴って賃金が上がらず景気低迷したままで、スタグフレーションの危機。
賃上げの機運があるのは、雇用主(クリニック院長)としてイヤでも耳に入ってきます。
雇用主の自分も、さまざまな機会で値上げを肌で感じている以上、雇用者(うちのスタッフ)たちも当然それを感じているだろうし、もちろん収入も知っているので、より苦しいことは容易に想像できます。
だからできるだけ世の流れに沿って賃金を上げてあげたい。
キレイゴトではなく、本当にそう思うんです。
ただ、経営者である以上、経営が立ち行かなくなったら本末転倒ですし、(本心を言ってしまえば)収入が思いっきり減って生活の質が下がって自分の身を削るようになってしまったら、そもそも医院を続けられません。
開業医として、収入に関する一つの判断基準は、
「勤務医同等になるなら、勤務医していた方がよっぽどいい」
ということです。(ヒンシュク承知で言っています)
責任感ないんか!と言われるかも知れませんが、開業医であれば誰でも、おそらくこの感覚があるんじゃないかと思います。
それだけ、勤務医にはない(経営者・雇用主としての)責任や重圧を常に受けているので。
話をタイトルに戻しますが、
「医院スタッフの賃上げは、非常に難しい」のです。
なぜかとひとことで答えるなら、
「値上げができない」からです。
一般的な小売業と異なり、材料費の値上がりを価格に反映することができません。
もちろん、どの業界も、値上げなんて簡単にはできないから、なんとかギリギリまで踏みとどまったり、ステルス値上げというような形を取らざるを得なかったり、苦労されているものと思います。
ただ医療に関しては、そういう次元じゃないんです。
なぜなら、保険診療ではそもそも値上げが許されていないから。
医院が保険機関や患者さんに請求する医療費は、勝手に変えられません。
診療報酬点数や償還価格という決められたルールに則っており、自費診療でない限り、現場で変更してよいものではないのです。
要するに、医院においては(病院でも一緒とは思いますが)、
① 物価上昇や原油価格上昇の影響で材料費や燃料費などの経費が増えても(これまでと同等のサービスを同数の患者さんに提供している限り)売上を増やすことはできないので、利益が減ります。
しかも、
② 増加する国民医療費を賄うために現役世代の保険料を上げるなんてことをすれば、院長自身の保険料増加以外にも、スタッフ全員の本人負担増加と同じだけ雇用主負担分保険料も増え、さらに経費が増え(利益が減り)ます。
その上、
③ 国民医療費増加に対応するために政府が診療報酬点数を下げるなんてことをすれば、上記と同様に利益が減ります。
さらに、
④ 増税なんて言われた日には…。
といったところです。
こんな不利な状況の中で、スタッフの賃上げをするには無理矢理でも利益を増やすしかなく、どうする?と言われたら、
A. 患者受け入れを増やして(診療の質を下げて)、売上を増やす。
B. 大して必要でもない検査や治療を積極的に行って、売上を増やす。
C. スタッフを解雇して経費を減らし、利益率を上げる。
(賃上げのためにクビ切っていたら意味が分かりませんが)
D. ダラダラ通っている患者さんに引導を渡して、初診患者さんを増やして早く治して卒業してもらい回転率を上げて、利益を増やす。
D以外は、言うまでもなく愚策です。とは言っても、Dも限界があります。というか、すでにやっています。
この上なく単純な理由で、現状の保険診療システムの構造的に、自助努力のみでスタッフの賃上げすることなど不可能なのです。
無理ゲーなんです。
物価に合わせて賃金が上がらなければ、雇用者は疲弊していきます。
それを補うために雇用主である院長が収入を減らして無理をし続ければ、そもそもの経営が傾いたり院長のモチベーションが地に落ちたりしてしまいます。
最近、ちょっとまともな政策のニュースを見て、少し光が差してきた気もしますが、
でも、一時的な対応だけではなく、今後、継続的にインフレが進んだ場合にも柔軟に対応していけるような、柔軟に変化できる診療報酬制度が不可欠です。
これまでの、物価が全然変わらないことを前提にした不変の制度は、もう限界です。
医療現場が生存していくためには売上を増やさざるを得ず、そのために過剰な検査や治療を行い、窓口負担の少ない高齢者や生活保護患者がその過剰なサービスを享受し、そして医療材料や処方薬を供給している医療系企業がそこから利潤を得て、それぞれの利権者とのしがらみから政府が適切な対応を取らず、結局医療現場に負担を強いて、また振り出しに戻る、という間違った悪循環を断ち切らないと、本当にヤバい将来が待っています。
医療現場寄りの立場で発言してしまいましたが、これに便乗している医療機関が多いことも、問題の根を深くしてしまっている重大な事実です。
かなりこじれたいびつなバランスで成り立っている日本の保険診療システムの現状に異議を唱えて得する立場の人は、残念ながらいないんです。
本気で改善しようと考えている人なんてほぼいない。
なぜなら各々の立場で皆がそれを食い物にしているから。
メスが入れば損をしちゃうんですから。
本気でなんとかするには、皆が血を流す必要があるんです。
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