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日本のトンデモ『過保護』医療④〜ヒアルロン酸〜その2

前回につづき、みんな大好きヒアルロン酸の関節注射について、イチ整形外科医がさらに突っ込んで語ります。


ヒアルロン酸を膝に注射するといくらかかる?

薬価は先発品で700円台後半、関節腔内注射の手技料が800円の合計1,500円強。

両膝打ったらさらに倍、3,000円強。

患者さんからすると、
3割負担でも900円、後期高齢者で1割負担の方はなんと300円!
コーヒー飲むより安いんです。※ 他の診療行為もあることが多いので、敢えて初診・再診料は除外して注射に関わる部分のみを示しています。
(今さら言うまでもないですが、残り2,700円は主に現役世代が収める社会保険料や税金から支払われます。)

医療機関(診療所)からすると、
薬価-仕入値はわずかで粗利は片膝で900円弱とたかだか知れています。
(もちろん、そこから針・ガーゼ・消毒などの材料費、使用済み材料の廃棄費用、人件費、光熱費などが更にかかりますが、ここでは無視。)
ただ、これが一日に30膝にもなると2.5万円になり、隔週でひたすら打ち続ける患者さんが累積して毎日30膝こなせば、月に50万、年間600万円。

製薬会社からすると、
納入価格や卸業者の中抜き次第ですが、たぶん売上は片膝で600円とか。一日30膝として1.8万円になり、月に35万、年間400万円。
(もちろんこれは利益ではなく売上ですが、こんな医院や病院が日本中に山ほどあるわけです。)

そして国民医療費という観点で見ると、
一施設で、年間約1,000万円。
整形外科がある病院や診療所の数は1万以上。全ての施設で一日30膝も打っていないと思いますが、単純にかけたら1,000億円、その10分の1と少なく見積もっても100億円です。
ネット情報によると(公式なデータは見つかりませんが)年間のヒアルロン酸注射使用数は約1,000万本だとか。
そちらから計算しても医療費は150億円。まあ、概ねそんなものなのかと。

なんか、前回語った湿布に似ていますね。
とにかく、巨大なマーケットなんです。

ま、でも年間45兆円の国民医療費からすれば、たった0.3-0.5%とかですから別にいいんですかね…。

いずれにせよ、全国規模ではそれくらいの金額が動いているわけです。

ヒアルロン酸をネット検索してたらウンザリ

ネット検索すると、ヒアルロン酸関節注射が膝の痛みや機能を改善する、なんていう文言をあちこちで見かけます。

とある整形外科クリニックのホームページには、Q&A形式の答えとして、
「ずっと続けた方がいいと思います。進行を抑え、手術にならないようにするには、注射を続けるしかありません。」
とまで書かれており、眩暈がしました。

前回に書きましたが、ヒアルロン酸注射の反復が「関節変形の進行を抑えた」とか「手術リスクを低減した」などというエビデンスはありません。「機能が改善した」というような主張の研究結果もありますが、痛みが軽減すれば動き安くなるのは当然なので、安易に「注射によって機能が改善した」と結論づけるのはどう考えても拙速です。それだったら、鎮痛剤飲んで機能が回復した、とか、負担を減らしたら機能が回復した、ということだってできてしまいます。

注射をたくさん打ち続けると、クリニックは儲かります。もちろん、薄利多売になりますし、院長の親指が変形性関節症になりますが(ヒアルロン酸の注射液は粘稠なので、注射器を押す親指には結構負荷がかかります)、基本的には増えた方が利益が上がります。

そして、立場が変わると、注射を打ち続けていることによるデメリットを強調する記事が見られます。
たとえば、
・ヒアルロン酸以外の、PRPやら幹細胞やらの注射を自費診療で提供している、宣伝広告を盛大に打っている某関節クリニック
・装具や器具を売りたいクリニック
・整体や鍼治療

どちらの立ち位置からのコメントにせよ、見れば見るほどウンザリします。

何度も言いますが、ヒアルロン酸関節注射に強いエビデンスはありません。「短期的には」痛みや機能を改善するかも、といった程度です。そして、短期的な機能改善というのは、痛みが改善することによって得られます。(長期的に続かなければ、本当の意味での機能改善ではありません。)要するに、ちょっと痛み減るかも、という程度の治療方法であることが、すでに示されています。

保険適応の裏付けとなる根拠がないんです。

それでも、ヒアルロン酸製剤の添付文書に具体的な打ち方(それでいて終わり方は具体的ではない)まで書かれて、日本整形外科学会まで治療手段として(弱くではありますが)推奨までしてしまっています。

そこに何があるか?
学会には企業が絡みます。学会も企業もお金が必要です。薬局も卸業者も。そして医療機関も。注射好きな患者さんたちもハッピーです。
でも、もうそろそろ、みんなでハイエナのように保険診療制度をエサに食い散らかすのをやめませんか?

本気で必要と思ってヒアルロン酸を膝に注射しているのか?

他の医師がどう考えているのかは分かりかねるので、私自身のことだけ語りますが、

本気で必要と思ってヒアルロン酸を膝に注射したことは一度もありません。

以上。

心からヒアルロン酸による治療効果を信じている医師もいるかとは思いますし気分を害される方がいらしたら恐縮ですが、自分の周りの医師からはそのような意見を聞いたことがありません。

では、なぜ今でも外来で注射しているのか?

ここまで否定的な見解を示している私ですが、自身が院長を務める医院においても膝へのヒアルロン酸注射を打っています。まともにカウントしていませんが、多くてせいぜい一日10本くらいかと。私自身が患者さんに勧めることはほぼなく、その必要性について質問を受けても基本的に意義が乏しいことを伝えているので、「一般的な他院」と比べればかなり少ない本数だと思います。

「効果を信じないのにお前はなんで注射しているんだ?」と聞かれたら、

非難を覚悟の上で正直に答えます。

答えは簡単、
「患者さんとの押し問答が、あまりに不毛だから」
です。

若者の多くはヒアルロン酸注射をしたがりません。
中高年の患者さんの注射希望がほとんどで、
特に、高齢患者さんのヒアルロン酸信仰は強烈です。
痛みが和らぐ効果を信じるだけでなく、
打っていれば治療になるとか予防になるとかの思い込みが強く、
不要だと伝えても「打たなくて大丈夫なんですか!?」と言ってみたり、
「効かなくてもいいから打って下さい!」くらいの勢いで求められます。
ヒアルロン酸にそんな効果など無いことを説明しても、聞いちゃいないですし、
「そうなんですね」と言いながらも、注射希望です。
次の診察時には、そんな会話すら無かったことにされ、(すでにベッドで膝を出した状態で)
患者「今日も膝の注射をお願いします。」
私「はい…。打ったら膝の痛みが楽になりますか?」
患者「あまり。」
私「それでも打ちたいんですか?」
患者「お願いします。」
私「はい…。」
(注射を打つ際に、まだ刺していないのに反応して膝に力を入れてしまい打ちづらくなる)
患者「痛っ。私、注射ホントに嫌いなんです。」
私「…(絶句)。もう勘弁して下さい。打つのやめましょう。」

ほかにも、
私「膝の調子はどうですか?」
患者「調子いいです。」
私「痛くないんですか?」
患者「痛くないです。」
私「では、注射は打たなくていいですね。」
患者「いや、打って下さい。」
私「…。」

そこに、議論の余地はありません。

いちいち説得していたら外来が終わりませんし、ヒアルロン酸愛が強い患者さんによっては(事実を伝えているだけなのに)泣き落としされたり激オコになるので大変です。

不毛な押し問答をして時間と気力を浪費するくらいなら、
ほかの患者さんの診療に注力した方がよっぽど有益だと思うのです。


何度でも言います。
医療費の大半は、現役世代が支払った社会保険料や税金で賄われています。


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