財政破綻からのRE STARTで起こった奇跡①【北海道夕張市】
2011年5月、僕は夕張市役所に入庁しました。
同日、東京都庁からの派遣職員だった鈴木市長(現北海道知事)が誕生し、財政破綻を経験した夕張が変わるかもしれない。まちは期待に胸を膨らませていました。
夕張市は職員採用を凍結していましたが、破綻以降初となる事務職員の募集でした。
僕は新卒で入った民間企業を1年で退職し、東京でテレビの仕事に就こうとしましたが、きっかけすら掴めずに逃げるようにして北海道に帰ってきていました。
ニート状態で半年。地元の音威子府村役場を受けるものの、筆記試験で落ちました。何もかもうまくいかない。そんなときに夕張市役所の募集記事を見つけました。
よく、「なぜ夕張市役所を受けたのか?」と聞かれることがあります。厳しい状況の市役所に、縁もゆかりもなく、なぜわざわざ行こうとしたのかと。
追い詰められていて、それほど深く考えられなかったということもありますが、僕は苦境であればあるほど乗り越えた時に起こるインパクトの大きさを知っていました。
高校時代に取り組んでいたクロスカントリースキー。弱小だったチームが強豪校を破り、日本一になったときの経験があったからです。苦しんだぶんだけ、跳ね返したときの見返りがあるのです。
しかし僕はまた試験に落ちました。来年までどうしよう、と落ち込んでいたときに、退職者が出たことによる補填として、夕張市役所に採用されることが決まりました。(だから5月採用)
あのときに、夕張市役所に拾ってもらえていなかったら、立ち上がるきっかけを掴めていなかったかもしれません。
なぜ夕張市は財政破綻したのか?
自治体の財政破綻とは、企業でいう倒産です。しかし自治体なので、企業のように借金ごと消滅するわけではなく、国の管理下のもと財政再生計画を作って借金を返済していく必要があります。
夕張市は2006年に財政破綻となりました。
借金額はじつに353億円。標準財政規模(※1)の800%以上であり、解消期間18年間という長期の財政再生計画(※2)が策定されました。
※1 標準財政規模とは、標準的な状態で通常収入されるであろう一般財源の規模のこと。
※2 直近の財政再建自治体のケースでは、借金額は標準財政規模の127%で解消期間9年間だったので、夕張市の借金がいかに多く、長期ですが未だかつてないスピードでの借金返済が求められているということがわかります。
管理職以上はほとんどが退職し、職員数は半数となりました。係長を飛び越えて、一気に課長になった職員もいます。
夕張市の財政再生計画は、人件費の削減が主となっていて、年収ベースでは4割以上のカットとなりました。破綻しているので当然なのですが、残ってまちを支えていく決断をした職員の大きな負担となりました。
なぜ、ここまで借金が膨れ上がったのでしょうか。よく言われる「観光投資の失敗」という単純な話ではありません。
【要因1】炭鉱の閉山処理費用 580億円
夕張市は石炭で始まり、炭鉱で栄えたまちです。最盛期には12万人もの人口を誇り、日本の近代化を支えました。
石炭採掘は命がけの仕事です。ひとたびメタンガスの突出や火災が起こると、多くの方が命を落とします。火災の場合は、人が残っていても注水して水で浸さないと火は消えません。
昨年の石炭博物館の模擬坑道の火災では、何ヶ月も水で浸して、ようやく鎮火しました。あらためて炭鉱火災の恐ろしさを知りました。
そんな命がけの現場なので、炭鉱会社は住宅を提供し、電気や水道、病院や浴場も無料で使うことができたそうです。住民生活に必要な資産は炭鉱会社に依存している状態でした。
しかし、エネルギーが石油に移り、石炭需要がなくなると、炭鉱会社は撤退していきます。残していった資産は、夕張市以外に引き取り手はいませんでした。
炭鉱病院を引き取り、人も残っている炭鉱住宅5000戸は市営住宅に転換、上下水道施設も引き取りました。こうした閉山処理費用に、実に580億円を要しました。
東京23区よりも広い夕張市。ここに1万人以下の人しか住んでいません。道路や上下水道といったインフラだけ考えてみても、高コストの運営を強いられていることがわかります。
【要因2】大きすぎた観光投資 170億円
炭鉱がなくなり、急速な人口減少に陥るなか、夕張市は「炭鉱から観光へ」を掲げ、観光施設の開発に乗り出します。(現在も人口減少対策で観光に力を入れている自治体は多いですよね)
ただ、その投資は、あまりにもまちの規模や地域性に見合わないものでした。石炭博物館、遊園地を含む炭鉱の歴史村開発をはじめ、スキー場やホテル開発、ロボット大科学館や知られざる世界の動物館といった施設まで、実に170億円をかけて整備しました。
施設を建てれば、管理運営コストが必要となります。最盛期の管理運営費は、年40億円と言われています。恒常的な赤字運営でどんどん財政が厳しくなっていきました。
【要因3】不適切な会計処理
どんなに予算を使っても、どんなに赤字運営となっても、標準財政規模の800%になるほどの借金は作りようがありません。
返済が難しいほど借金をすれば、予算の組みようがないので、ブレーキをかけざるをえなくなります。
それでも進み続けることができたのは、不適切な会計処理を行い、赤字隠しを行っていたからでした。
いわゆる「ジャンプ方式」と言われる会計処理です。
まず、観光事業の会計に不足が生じると、一般会計から資金を借り入れます。これは一般的な会計処理なのですが、一般会計にも余裕がないため、予算不足が生じます。
それを当年度と次年度の会計処理ができる4月〜5月の間に、次年度の観光事業会計から返済させます。
一見、資金繰りはうまくいったように見えますが、翌年はもっとお金が足りなくなり、これを繰り返すことによって雪だるま式に借金額を増やしていきました。
そして350億円を超える額まで、借金が膨れ上がってしまったのです。
もしあなたのまちが財政破綻したらどうなる?
財政破綻が表面化した後、夕張市は国の管理のもと、財政再建に着手します。これらの取り組みによって、予算を大きく圧縮していきました。
【財政再建の取組①】人件費の削減
・全国の自治体で最も低い給与水準
・人口が同程度の自治体で最も少ない職員数
【財政再建の取組②】事業の見直し
・法律で決まっていること、住民の命に関わる事業以外は原則廃止
【財政再建の取組③】観光事業の見直し
・不採算の観光事業は実施しない(イベントは実施しない)
・観光施設は売却または管理を委託
このように行政の取り組みが急激に縮小したなか、市民生活はどう変わっていったのでしょうか。
【市民生活の変化①】各種税金や料金の値上げ
・市民税や固定資産税、軽自動車税といった、自治体の裁量で決められる税金を法律で認められる最も高い水準とした
・水道料やゴミ処理料、公共施設の料金の値上げ
【市民生活の変化②】学校の閉校、施設の閉鎖
・3校あった中学校を1校に
・6校あった小学校を1校に
・観光施設の多くが閉鎖
【市民生活の変化③】市職員減による市民サービスの縮小
・東京23区よりも広いまちで市役所の連絡所の廃止
・優先度の高い地域課題にしか取り組めない
こうした市民生活の変化は、金額よりも精神的な負担感がありました。今までよりも多く税金を支払うのに、今まで以下のサービスしか受けられないのです。新しいことが起こらない「閉塞感」や「あきらめ感」も広がっていきました。
僕は財政破綻による最も大きな変化は、「地域に誇りを持てなくなること」だと思います。
夕張といえば「夕張メロン」や「石炭」といったイメージだったものが、「財政破綻」というイメージになってしまいました。スポーツ少年団の子どもは、胸に書いてある「夕張」の文字を隠したといいます。「おまえ借金あるんだろ!」とバカにされたそうです。
地方にとって、誇りに思えないまちは生きていけません。地方であればあるほど、そこに生きている人はその地を誇りに生きています。誇りを失えば、地方に住むことを価値と思えなくなります。利便性が良く仕事もある都会にみんな行ってしまいます。
夕張市が財政再建に奔走していた10年間で、人口は35%減少しました。人口1万人のまちで、1日1人、3年で1,000人という凄まじいスピードの人口減少です。人が減り、子どもが減り、高齢化率は上がり、お店はなくなり、空き家が増え、公共交通も維持できず、悪循環は止めることができません。
縮小を続けるまちに、確かな未来の一歩をつくること。それが僕のミッションになりました。
次回に続く・・・