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NO.18『お願い、出てきて…』

へっぽこ娘

ある日の夕方、階下から私を呼ぶ声がする。「どうしたの?」と降りていくと「私は流していないんだけどね」と言いながら母はトイレの便器を指さした。覗いてみると「え~~~っ!!」水が溜まっているところに何やら白い物がちょっとだけ顔をのぞかせている。トイレットペーパーではないことは明らかだった。
「これって、もしかして尿とりパッド?!嘘だよね?!だとしたら大変!」あれには高吸水性ポリマーとやらが入っていて、水を吸うとものすごく膨らむことを私は知っている。以前母のズボン下に挟まっているのに気づかず、そのまま洗濯してしまい、大変な目にあった経験がある私は「絶対に取り出さなくては!」と何の抵抗もなく便器に手を入れてその端をつかみ引っ張り出そうとした。
予想通り、相当膨らんでいて曲がっている排水パイプにガッチリと挟まってしまったようで全く動かない。「どうしよう。本当に困った~」と母を見ると「私は流していないわよ!私はやってない!」の一点張り。「おまえしかいないだろ!」とこの期に及んで流したことを認めようとしない母に頭にきたが、それどころではなかった。
ふと我に返り、さすがに素手はやめておこうとゴム手袋をはめてから再度引っ張る。端の方がちぎれてしまうだけで動く兆しがない。業者を呼ばなくてはダメか…。それでもあきらめきれずに少しずつ少しずつ「お願い、出てきて」と祈りながら便器が壊れない程度にやさしく引っ張ってみる。じわじわと数ミリずつだが動いている感触が手に伝わってくる。次の瞬間、水を含み大きく膨らんで重たくなったパッドがようやく姿をあらわした。「取れた!本当に良かった!」これが排水パイプの途中で詰まったら本当に大事になっていた。胸をなでおろすとはまさにこのことだと思った。
母を見るとさっきまでの気の強さはどこかに行ってしまい、申し訳なさそうな顔をして立っている。私は母を怒鳴る気力も失っていた。それどころか「ね、お母さん、これがトイレに詰まったら大変だったよ。取れて良かったね。お母さんは流したつもりはなかったんだよね。でもきっとズボンをおろしたときに外れて落ちちゃったんだね。今度からは流すときによく見ようね」いつになくやさしい言葉が自然に出てきた。そんな自分に私自身が一番驚いた。すると母が「本当にごめんね。わかったわ」と、とても素直に謝るではないか。くすぐったいくらいの温かな空気がそこに流れた。
こんなやさしい言葉が言える私もいるんだ。そうすると母もこんなに素直に受け答えしてくれるんだ。いつもこんなふれあいができるといいなと思った。

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