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対話道の探究(29、回復力)

ある人と話していて気づいたこと。

自分に何か起きたとき
後日談として自分の体験を話したい、
共有したい、聞いてほしい人が多いのではないかなと。

その渦中にいるとき、
自身の経験や気持ちを話せる人はあまりいないかもしれない。

まず私が経験上感じるのは
その最中にいるときって
まだ何が起きているかがわからない。

そんなゆとりのない状態で
観察したり伝えたりするなんて
到底できないのだ。

(私は自分が大病を経験したときが
まさにそんな状況だった。)

とくに、病気や怪我など
普段気をつけていても、想定外にやってくる事態のとき
「なんでこんなことになった」「何が悪かったんだろう」といった
自分に批判的になったり責めたりする人が多いかなと。

周りの人に迷惑かけているという気持ちと
周りの人は本人へ気を遣っていて
・・・という関係から
すぐには話して・聞いてが成立しないこともありそうな。

私自身もそうだったけど
そういう自分の状態が落ち着いた頃が
実は話したいし、聞いてほしいのではないかなあ。

明確な治療という形ではないし
対話の効果には個人差があるけれど

聴く(聴いてもらう)って
心に、とっても効くのだ。

対話を仕事にしている私だが
もっと対話の効果に誇りをもつ対話のプロが増えていいと
常々感じている。

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