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関数男物語〜インターミッション06〜

 キンキンに冷えたビールのジョッキがテーブルに並び始める。午後7時を過ぎてもなお、外はむせかえるような暑さに包まれている。人数分のジョッキが置かれたところで、それぞれが手を伸ばす。我慢の限界だった。

 「乾杯!」

 氷点下以下まで冷やされたビールが一気に流れ込み、暑さとともに一学期の疲労を押し流していく。今夜は、表計算小の一学期の慰労会だった。終業式の夜に行われることの多い慰労会だが、月曜日が終業式だったため、金曜日を待って実施することになった。その結果、諸々の会議や提出物などの事務作業も一区切りつけることができ、本当に心の底から楽しめるタイミングとなった。
 表計算小は、校長の意向もあり定期的に職員の飲み会が行われている。数男は、バンド活動に明け暮れていた学生時代は、「打ち上げのためにライブをしている」と言えるくらい飲み会が好きだった。しかし、こういった職場の飲み会は少し苦手だった。本音を言えば、気心の知れた仲間と好きなように飲んでいたい。
 初任の頃は、「先輩のグラスが空になっていたらビールを注ぐ」や「校長、教頭の順に注ぎにいく」などの暗黙の了解を健気に守ってみようとしたこともあった。しかし、やはり性に合わない。そういった意味で、今回、会場になっている「居酒屋けんちゃん」は、各自が飲みたいものを注文するスタイルなので、まだマシだった。そんなことを考えながら、ビールを流し込んでいると、

 「関くん、飲んでる?」

 と明子が声をかけてきた。表計算小の酒豪として名高いらしい彼女の片手には、すでに新しいジョッキがあった。

 「相変わらず、ペース早いですね。」

 苦笑しながら、数男は答えた。この四ヶ月の間に随分と打ち解けていた。明子は、学年主任とは言え、数男と年齢も近い。人見知りの数男が、彼女とは意気投合して様々な苦難を乗り越えられたのは、明子の性格ゆえかもしれない。運動会に修学旅行という大きな行事を共に乗り越えてきた戦友である。

 「関くんのおかげで、本当に乗り越えられた。1学期、ありがとう。」

 といって、明子はジョッキを掲げる。数男もジョッキを掲げて一気にビールを飲み干した。爽快感が一気の喉元を駆け抜けていく。追加のジョッキを二つ注文したところで、

 「いやぁ、本当、関くんのパソコンスキルって、すごいよね。魔法だ。魔法使いせきー!」

 と明子が訳のわからないことを言い始めた。

 「差し込み印刷だっけか、今までちまちま作ってたのを一気にバーってやったのは、本当にびっくりしたよ。修学旅行のしおりとかも、あっという間に仕上げちゃうし。おかげで、私も楽になった!本当、ありがとう。」

 満面の笑みで、明子は数男に感謝の言葉を伝える。確かに、効率的に資料を作ることは、数男にとって朝飯前だった。しかし、資料作りに限らず、学年の方向性や授業のやり方など、学年経営と言われる部分でも数男を信頼し、任せてくれる明子には感謝の気持ちを伝えたいと思っていた。そんな数男の気持ちを伝える間もなく、嵐のように彼女は去っていった。
 胸の内に燻る伝えられなかった感謝の気持ちをどうやって処理するかを思案しながら、視線を右往左往していると、教務主任の高木と目が合った。目が合ったことに気付いた高木が手招きをする。

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