見出し画像

NVIDIAはGPUカーネルモジュールをオープン化する ※ASCII.jpより

そうだったのだね。慎重に計画してきたんだねぇ。
この手法は、パソコンの規格が「IBM」の権利規格だった時に、オープンソース化した1991年の「OADG」(PC Open Architecture Developers' Group)を彷彿とさせる。

世界標準の現在のPCの基本仕様を策定した事によって、世界中にマーケットが拡大しこのPC規格がその当時の世界標準となった。
もちろん、マッキントッシュもあったが、価格帯があまりに違いすぎた。マーケットのスケールメリットと一社独占による利益より、マーケットの拡大による影響力やテクノロジーの更新を促すことになったように思われる。

そのころ、ちょうど自作PCが国内でもはやりだし、国内マーケットではPCといえばNECの独占状態だったものが、一般のコンシューマでも、規格にあったパーツを構成すれば原則的にまっとうなパソコンが自作できるという文化を生み出した。

秋葉原の文脈は、戦後ラヂオから家電、そして自作PCと、引き継がれていったのが実際のところだった。
今は、まったく別のコンテンツ産業化しているようだけれど、いかないのでわからない。

さて、NVIDIAの話にもどるのだけれど、オープン化するという事をやってのけるということは、ジェンスン・フアンCEOが「AI立国」といっていたかな?そのような分脈と符合する。繰り返しになるけれど「インフラを押さえる」ことで、実質的な権力を発生させ、そのテクノロジーで、世界の生活インフラの幾分かをコントロールし得るようにする権利を捕まえる事ができる。

オープンソース化と今回の「NVIDIAはGPUカーネルモジュールをオープン化する」という記事の度合いや質などが見えない時点だけれど、世界の構造改革的なことを想定するくらいの野心はあるということは間違いないようだ。

簡略に云えば、特許の範囲で限定的な保身に走るか、オープンに展開してテクノロジーを高度化・インフラ化していくかという事だろうと思う。ただ、IBMの場合はその分野で生き残っているとは言いにくい。そういうリスクをとっても打って出るというのが大陸的な発想なのだろうと思う。

世界で生き残りをわが身の生き残りと似たように考えるのが創業者でもある。ジェンスン・フアンCEOは打って出る事を選んだのだなぁと、勝手に感心している。企業が長く生き残る事はすごい事だけれど、その副作用も多いというのが日本の経済界を外からみて、今感じているところでもある。

TOPの画像は「note」の仕様に従って使わせていただきました。