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【所管外です】と、個人的に解釈するところ

【引用】 
河野太郎デジタル相は2日の記者会見で、マイナンバーとひも付いている公金受取口座のうち、家族など本人以外の名義で登録している約11万7千人分について、9月上旬から登録を抹消すると表明した。近く、通知書を発送する。

 本人名義でなければ災害時などの給付金支給に遅れが生じかねないとして「抹消後も本人口座を登録できるので、改めて登録をお願いしたい」と述べた。

 家族口座の登録は、子どものマイナンバーに親の口座をひも付けているケースなどがある。昨年末時点で14万人分を確認。デジタル庁が郵送で、本人名義の口座にするよう促してきた。

【引用終わり】

別に個人的に困る事はないのだけれど、「今のところね!」

ただ、情報の一元化というのは、国のシステム側にのみ云われていて、国民市民はそれに従って、自らの情報一元化に参加しなさいという強制なので、国民の側のリスクについては「無頓着で視座がかなり狭いひとで強権的・反民主的」だと理解している。

ICチップを埋め込んだ「マイナンバーカード」を失った時に、我々は即座に路頭に迷う近未来の日本社会が垣間見える。
そういうシステムが「デジタルの政治利用の本質的なリスク」であるし、民間でもない「公共」の「公務員」たる「政治家」の発言のコモンセンスを破壊している。つまり「状況としてのエンペラー化」している事に、このひと(皇帝・河野太郎)は、気付いているのだろうか?

さて、由利本荘市(秋田県)に視察に行った河野太郎氏は、大いに「あっぴーる!」をしたわけだけれど、能登半島同様、ここも自然災害にあっている。多分、「所管外」なので、この人は「関係ない」という態度を何れに対しても繰り返すだろうけれど、それが「総裁候補」とは困ったものだ。このひとが総裁にでもなって、仮に総理になったら、毎年起こる自然の変化による犠牲について「対応できるのか?」と、改めて疑念を持たざるを得ない。

遊びで国政をやっている感がするのは、市民国民感覚が著しく欠如しているうえに、物事を俯瞰する能力が欠落しているからだろう。政治家としての資質がないと思われてもしかたない。それ、総理になったら困るひとなんだけれど。私はそう考える。

今回はエンペラー太郎について(本題)でした。

エンペラーと書いた以上、それより「エンペラー」という言葉について踏み込んだことは云えない。ただ、意味するところはわかりやすいはずだ。


そして最後に・・・
メディアは政治が何のためにあるのか見失っていないか?「政局」を報道するのは結構だ。ただ、こちらから見れば、そんなワイドショー的な報道なんぞ、相手にしていない。
主権在民である民主主義の視点から本質的な報道がなされない事が、相当に昔から私が持っている「メディア報道」についての違和感だ。政治部デスクなどが稀にテレビに出演するが、そもそもが権力に従属した「政局」報道を誘導しているように見える事をどう感じているのだろうか?ちょっと苦笑せざるを得ない。

※冒頭のイメージは「note」の仕様に従ってお借りしました。