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ジョズエの贈り物2020

ずっとずっと北の国の、深い深い森の奥。
くねくねと続く1本道も、その上に屋根のようにかかる木々の枝も、真っ白な雪に包まれていました。時々聞こえてくるのは、雪ウサギの跳ねる音と、枝の先から滑り落ちる氷の音。静かな静かな森の中にニコラスじいさんは住んでいました。

ニコラスじいさんは、もうすぐそこまで来ているクリスマスにそなえて、そりの修理をしたり、子供たちへのプレゼントが間違っていないか確かめたり、大忙しです。静かな森の中で、ニコラスじいさんの家の中だけがささやかな音を立てていました。庭ではトナカイ達が出番を待ちながら、お互いに角やひづめの手入れをしていました。

ニコラスじいさんの家の上をさあっと風が吹きぬけると、ポストに新しい手紙の束がどさり、と音を立てて落ちました。世界中の子供達からの手紙です。ニコラスじいさんは、よっこらしょ、と立ち上がると、手紙の束を取り上げて、暖炉の前のお気に入りの椅子に腰掛けました。
「どれどれ」
ニコラスじいさんは、手紙を1通ずつ開いて、ゆっくり読み始めました。

「サンタさんへ
ずっと考えていたんだけれど、やっとプレゼントは何がいいかきまりました。おかあさんは、もっと別のものをお願いしなさいというけど、やっぱりぼくは、どうぶつゲームがほしいです」

「サンタさま
おそくなって、ごめんなさい。今年のプレゼントは、どうぶつゲームでおねがいします。トビダセ版は、もう持ってるから、間違えないでね」

「やれやれ、今年はこのリクエストがやけに多いわい。」
ぶつぶつ言いながら手紙を読んでいたニコラスじいさんは、何通目かの手紙を読み始めると、胸に手を当てて手紙の上にかがみ込み、ほうっと大きくため息をつきました。そして天井を見上げると、もう1度大きく息を吐いて目を閉じました。
「これは、じっとしてはおられん」
ニコラスじいさんは、手紙を暖炉の上に置くと、外套を着込んで庭へ出て行きました。

「親愛なるサンタ様
息子のジョズエは、目が見えません。耳も聞こえません。おまけに、生まれてからずっと寝たきりで、自分で体を動かすこともできません。
ですから、この子がクリスマスのプレゼントに何が欲しいのか、母親の私にもさっぱりわからないのです。
どうかサンタ様、ジョズエが1番望んでいるものを授けてください。見える目か、聞こえる耳か、動かせる手足か、ジョズエが1番欲しいものをプレゼントしてください。
ジョズエの母より」

「さあ、出かけるぞ」
ニコラスじいさんは、庭のトナカイ達に声をかけました。
「出かけるって?」
「クリスマスは、まだ1週間先ですよ」
トナカイ達は、驚いて口々に言いました。
「そんなことは、わかっとる。いいから、いいから。わけは、道々説明しよう」
ニコラスじいさんは、トナカイ達をそりにつなぐと、どっこいしょ、と自分も乗りこみました。
「ニコラスじいさん、そんな格好で行くんですか?」
先頭のトナカイが、ニコラスじいさんの茶色の外套を振りかえってたずねました。
「いつもの赤い服は、着ないんですか?」
「当たり前だ。クリスマスはまだ1週間も先じゃないか」
「一体、どこへ行くんです?」
2番目のトナカイがたずねました。
「まずは、となり森のおばばの所じゃよ。それっ!」
ニコラスじいさんの掛け声で、トナカイのそりは空高く舞い上がりました。空は青く晴れ渡り、湖の氷がきらきらと光っているのがはるか遠くに見えました。

「なんだって?」
となり森にすむ妖精のおばばは、耳に手を当てて聞き返しました。
大きな大きな杉の木のほらの中に、おばばの家はありました。家の前には鏡のように透き通った小さな池があり、この池だけは真冬でも凍らず、魚たちがすいすいと泳いでいました。トナカイ達は、池の水でのどをうるおし、ニコラスじいさんが出てくるのを待っていました。
「最近、耳が遠くてねえ。ニコラスじいさん、あんたも近頃じゃ眼鏡がないと煙突にも登れんそうじゃないかね」
「ふむ。お互い、年をとったもんじゃ。あんたは、妖精というより魔女のようになってきたんじゃないかね」
「はあ?なんだって?」
「いやいや、いいんじゃよ」

「きせきのこなを、分けて欲しいんじゃよ」
ニコラスじいさんは、おばばの耳元で、大きな声で言いました。
「ああ、そんなことかい。いいとも、いいとも。で、何に使うんだね?」
「自分でブレゼントを頼めない子のためにね」
「いいとも、いいとも。相変わらずのお人よしだねえ。どうせ、これからわざわざその子のところまで行こうってんだろう?人のことより自分の目の心配でもしたらどうなんだい」
「まったく、姿だけでなく考え方まで魔女らしくなってきたわい」
「はあ?なんだって?」
おばばは、奥の部屋から銀色の粉が入った小さなビンを持ってきてニコラスじいさんに渡しました。
「ありがとうよ」
ニコラスじいさんは、銀色の粉の入ったビンを大事に胸のポケットにしまい込むと、ふたたびトナカイのそりに乗りこみました。
「それっ!」
そりはまた空高く舞い上がり、今度は南へ向かって宙を駈けて行きました。

いつのまにか空は暗くなり、ぽっかりと白い月が浮かんでいました。ニコラスじいさんの乗ったそりとトナカイ達の影が月を横切って行きました。夜中にもかかわらず、街にはまだ人影がありましたが、あんまり寒くて、みんな外套の襟に首をうずめていて、空を見上げてみる人はいませんでした。

「ニコラスじいさん、ほら、あそこ。あそこがジョズエの家ですよ」
ニコラスじいさんから事情を聞いたトナカイ達が、空を駈けながら1軒の小さな家に向けて頭を振りました。
「ふむ。町はずれの林の中に降りるんじゃ」
ニコラスじいさんが答えると、トナカイ達は不満そうに鼻を鳴らしたり、からだをゆすったりして言いました。
「どうして?いつものように、屋根の上に降りればいいじゃないですか」「そうよ、何もわざわざ遠くに降りなくっても。」
「僕達、ニコラスじいさんのご用が済むまで、屋根の上で待っていますよ」
すると、ニコラスじいさんは指を振り振り言いました。
「今日はまだクリスマスじゃないんじゃよ。なんでもない日に、お前達が屋根の上にいるのをもし誰かが見つけたら大変だ。びっくりさせるだけじゃない。もしかしたら、わしが泥棒と間違われてしまうかもしれんじゃないか」
「それは大変だ。」
「うん、もしもニコラスじいさんが泥棒と間違われて牢屋に入れられてしまったら、今年のクリスマスは誰にもプレゼントが届かない」
「そりゃあ、一大事だ」
トナカイ達は口々に言い合いました。そして、ニコラスじいさんの言う通り、町はずれの林の中に、そっと音を立てずに降り立ちました。

「ニコラスじいさん、行ってらっしゃい」
「気をつけて行ってくださいよ」
「くれぐれも、泥棒と間違われて捕まることのないように」
トナカイ達に見送られて、茶色の外套を着こんだニコラスじいさんはジョズエの家に向かって歩き出しました。

ジョズエの家は、街の中心から離れた暗い裏通りの一角にありました。ニコラスじいさんが窓からそっと家の中をのぞくと、ささやかなクリスマスツリーが飾られ、その横に小さなベッドがありました。ベッドの上には、小さな男の子が静かに眠っています。
そして、ベッドの横の椅子にはジョズエのおかあさんが腰掛けて、眠っているジョズエを見つめていました。ジョズエの寝息があんまり静かなので、おかあさんは時々ジョズエの鼻の前に手をかざして、ちゃんと息をしているかどうか確かめるのでした。

部屋の隅に古いストーブが置いてあり、その中で火が細く燃えていました。ジョズエのおかあさんは、時々寒そうに身をすくめ、手のひらにほうっと息を吹きかけました。ジョズエの病気の治療にお金がかかるので、おかあさんはすり切れた古いスカートを、ひざ掛けの代りに足にのせていました。
ニコラスじいさんは窓の外に立ったまま、ジョズエのおかあさんが眠ってしまうのを待つことにしました。泥棒と間違われることを心配したニコラスじいさんでしたが、真夜中にこんな裏通りを通りがかる人はいませんでした。野良ネコがただ1匹、不思議そうに眺めているだけでした。

ジョズエのおかあさんは、なかなかジョズエのそばを離れようとしませんでした。でもそのうち、椅子の上でこっくり、こっくりと居眠りを始めました。もしかしたら毎晩こうしてジョズエのそばで座ったまま眠っているのかも知れません。
ニコラスじいさんは、首にさげた魔法の草笛を取り出すと、そっと口に当て、ふうっとひと吹きしました。するとつぎの瞬間、ニコラスじいさんはジョズエのベッドの横に立っていました。近頃では煙突のない家が多いので、そんな時はこうして家に入るのです。
そして胸のポケットからおばばにもらったビンを取り出すと、銀色の粉をジョズエに振りかけました。ジョズエもおかあさんも、眠ったままです。
ニコラスじいさんは、無言でジョズエの手に、自分の手を重ねて目を閉じました。すると、ニコラスじいさんは、すうっとジョズエの心の中に入りこんでしまいました。


心の中のジョズエは元気いっぱいでした。明るい笑顔で、幸せいっぱいのジョズエを見て、ニコラスじいさんは、ジョズエがどれほどおかあさんに愛されているのかを知りました。
心の中のジョズエはおしゃべりな男の子で、ニコラスじいさんに、どんなにおかあさんのことが大好きか得意そうに話して聞かせるのでした。

ニコラスじいさんは、ジョズエのおかあさんから届いた手紙のことを話しました。
「うん、知ってるよ。おかあさん、僕の横で書いてたんだもん」
「それでジョズエ、君はクリスマスプレゼントに何が欲しいんだね?見える目か、聞こえる耳か、それとも自由に動かせる手足かね?」
ニコラスじいさんがたずねると、ジョズエはにっこりして答えました。
「本当に、それでいいのかね?」
ニコラスじいさんが確かめると、ジョズエはもう1度にっこり微笑みました。ニコラスじいさんは、ジョズエの頭をくしゃくしゃっと撫でると、大きくうなずきました。
「さよなら、ジョズエ」
「さよなら、サンタさん」
「わしがサンタだとわかるのかね?」
「僕はなんだってよくわかってるのさ。ただ眠っているだけのように見えてもね」
ニコラスじいさんはジョズエの心から抜け出すと、居眠りしているおかあさんの横をそっと通りすぎて、部屋の隅のストーブに近づき、ビンに残っていた粉を振りかけました。ストーブの火が強く大きくなったのを確かめると、ニコラスじいさんはもう1度草笛を吹きました。次の瞬間、ニコラスじいさんはジョズエの家の窓の外に立っていました。

1週間後、ニコラスじいさんはふたたびジョズエの部屋に立っていました。でもこの前と違うのは、屋根の上にはトナカイ達が待っていて、ニコラスじいさんは赤い上着と赤いズボン、赤い帽子をかぶって、白い大きな袋を肩にかついでいることでした。

ニコラスじいさんが、ジョズエのベッドの足元にプレゼントの包みを置くと、眠っているジョズエの口元に笑みが浮かんだように見えました。ジョズエのおかあさんは、この前と同じく椅子の上で居眠りをしていました。


夜が明けました。

ジョズエのおかあさんは、椅子の上で大きく伸びをすると、冷たい両手をこすり合わせ、ほうっと息を吹きかけました。「おはよう、ジョズエ。かあさん、またここで寝てしまったわ」
その時、ジョズエのおかあさんは、ベッドの足元に見覚えのない包みがあるのに気付きました。おかあさんは、はっと息を呑みました。
「もしや…」
おかあさんは、何度もジョズエの顔とプレゼントの包みを見比べていましたが、やがて思いきって身をかがめるとプレゼントを手に取りました。
ジョズエのおかあさんは、ドキドキしながらプレゼントのリボンをほどきました。この包みを開けたら、ジョズエに何が起こるのだろう。そう思うと胸が高鳴って苦しいほどでした。

「さあ、ジョズエ、あなたの1番欲しいものよ」
おかあさんはそう言うと、ジョズエの顔の前にプレゼントをかかげ、そっとふたをあけました。

「ああ、ジョズエ…」

ジョズエのおかあさんの目に、みるみる涙があふれてこぼれ落ちました。箱の中には、暖かそうなひざ掛けが入っていました。小さなカードには、たった一言

「おかあさんへ」

と書かれていました。


 







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