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『未成の周辺』について #2

せっかくなので、今回の出版までのスケジュールと印刷についてもざっくりと残しておく。

2023年
3月 構成(掲載点数・台割)決定、寄稿依頼
4月 見積もり、写真レタッチ
5月 写真データ・テキスト原稿完成、仕様決定
6月 デザイン制作・テキスト原稿 ゲラ出し+校閲・修正
7月 校閲・修正+校了+入稿+色校正(テスト)、
   予約販売開始、書影公開
8月 色校正(本紙)+印刷 ・製本、プレスリリース送付
9月 納品・発売

(やはり、しっかりやろうとすると半年は絶対かかる…)

今回、『未成の周辺』の印刷は、紆余曲折を…ほんとうに紆余曲折を経て日本写真コミュニケーションズ株式会社さんにお願いした。NDP(Nissha Digital Printingの略だそう)と呼ばれるデジタル印刷で、オフセットと大きく違う部分としては「刷版が存在しない」「色域が広い」点。DICやPANTONEなどの特色は再現できないけれど、プロセスカラー(NDPの場合の一番適した言い方がわからない…いわゆる「4色かけあわせ」)の範囲内で写真を表現するという点で、作家が納得いくまで色を追いかけられるように、進行を担当してくださった吉田さんが盤石のサポートをしてくれている。一般的に発光する液晶で表現するのが向いているとされるRGB色域のまま入稿し、テスト校を出してもらい(この段階でかなり色がまとまっていて毎回驚く)、本紙校正を重ね、この記事を書いている今は本印刷に入っているころだ。

個人的な体感では、NDPのような再現性の高いデジタル印刷の場合、元のデータをいかに色が傾いておらず、高品質なきれいなデータにしておくかというのが重要だと思う。オフセットももちろんある程度は重要だろうけど、こと色に関しては印刷現場の比重が大きく、多くの場合プリンティングディレクターによる色合わせがあり、合意をとりつつ段階を踏んで進んでいき、その解像度に対して費用が発生する。言い換えれば「ストレッチがきく」「現場合わせがある程度できる」オフセットに対して、デジタル印刷の場合は元データがそもそも作品に対して正確である、という前提がとれているかが分水嶺になる(もちろんデジタル印刷であっても品質の高い色合わせはしてもらえる前提で)。

そういった点では、今回、川崎さんがかねてより作品のレタッチを依頼している吉祥寺のラボ、Sun-Prismさんの存在も大きい。中判フィルムで撮った川崎さんの作品を丁寧にレタッチしてくださり、色見本を出力して全体の方向性の相談に乗ってくれ、あらかじめノイズが完全に取り除かれた完璧なデータを用意してくれた。「喫水線」で出版する本については、毎回依頼してくれる作家さんにチーム組や進行も委ねていて、印刷会社も作家の意向があればつないでもらうこともあるくらいだけど、『未成の周辺』では川崎さんたっての希望で、校閲をしてくださった宇田川賢人さん、ときに壁打ち相手や相談相手として協力してくださった写真家の篠田優さん(現在Photographers' galleryにて個展開催中)の存在も含め、専門性の高いパートにおいて、様々な「専門家」に力を借りることができた。

ゲラの端っこのカラーバーの良さよ

紙代のこと、部数のこと

やはり数年前に比べて、印刷代金…というか紙代がほんとうに高くなっている。体感としては1.5倍くらい。編集者やデザイナー、紙商社さんとこの世間話を何回したかわからないけど、それでも未だに見積もりを出す度に驚き、積み上げてきた自分の体感がもう当てにならなくなってきている。そんな中でも、色や加工にきちんと目を配りながら完成までもっていくことを、あと何年続けられるんだろう。これは、私だけじゃなくて、この領域に携わる様々な方が感じていることだろうとも思う。

何より、喫水線の発行する書籍は取次流通に回っている書籍よりも圧倒的に原価の占める割合が高い。色に妥協せず、仕様にこだわってつくればつくるほど、「少部数である」ことで原価が高くなってしまう。つまり、「細部にこだわった上で、30冊を5万円でつくる」ようなことは、たぶんできない。アートブックをつくるとき、だれもが、このバランスに躓くんじゃないだろうか。だれだって数と質を両立させたい。けれど、先述した原材料費の高騰と本をとりまく状況のあれこれがそうすることをとても難しいものにしている。仕方がない。でも、仕方がないからこそ、喫水線でつくる書籍は、大規模なものにはせず、ほんとうにほしいと思う人に届く数として「200-400冊」を見積もってそのレンジにおさめるようにしている(というか、結果的にそうなる)。版元としては、かなりミニマムな部類だと思う。限りなく個人出版に近いのだけど、本をつくるパートナーがいますよ、という、たぶんぜんぜん大きくはない声を、そういう声を必要としている人に届ける状況を用意することが、きっと喫水線というリトルプレスなのだと思う(この距離感に関しても、試行錯誤があってこうなっているのだが、詳しいことはもし機会があったらそのとき書くことにする)。

軽快なZINE、重いアートブック

ところで私は、喫水線の活動とは別に、現在リソグラフのスタジオをグラフィックデザイナー、プリンターと3名で共同運営している。リソグラフとは孔版印刷機の一種で、ご存知ない方はざっくり「ずれたりかすれたりするが、それが味でもあり、単色の特色印刷が安くできる印刷機」と認識してください。リソグラフの需要は、ZINEやポスターなどの印刷物を原価が安いゆえに「少部数から」つくれるところにあって、そしてそれが大きな魅力なのだと思う。極端にいうと、1,000円と自分で手を動かす時間さえ惜しまなければ、その後会う友達にさくっとチラシなりZINEなりを渡してあげられる。実際に、私の体感ではリソグラフの需要はかなり高まってきていて、たとえば横浜のNEUTRAL COLORSのように、出版物として自走する媒体を持ちながら(彼らの場合は、リソグラフを使いつつも徹底的に大きな部数を複製しつづけ、流通することに手を抜かない両義性がかっこいいのだが)いわゆる大手出版とは異なる規模で本をつくり続けるレーベルも出てきている。

緻密な色校正を行なって精度を求めれば求めるほど、その結果として工数が嵩めば嵩むほど、加工などの費用がどうしても乗っかってくる写真集やアートブックは、ここまで書いてきたように、どんどん価格が高騰している。私の体感では、ページ数が増えてどんどん重くなり、プリントなどの特典をつけて販売する版元が増えてきたように思う。いっぽうでリソグラフのようなものをうまく使った軽快なZINEが盛んに売られている状況もたしかにある。最近は、本というものの存在がどんどん二極化しているんだと思う。

いったんこの本について書きとめた文章はここまで。

話が大きくなってしまいましたが、こんな状況下で『未成の周辺』は一生懸命つくりました。手に取りたいと思う人にきちんと届くよう、心ある本屋さんにも置いてもらえるよう、日々大量のメッセをやりとりしつつ川崎さんと頑張っています。

予約販売特典の2Lプリントを額装してみたらとても綺麗でした

この記事を読んだ書店員のかたで、お店で取り扱いたいと思ってくださった方がいらっしゃればいつでも喫水線までご連絡をいただけますと幸いです。プレスリリースに、掛率や取引条件についても記載をしています。

そして、オンラインストアでの予約販売分も、残り少なくなってきました。迷っている方はぜひ今のうちにどうぞ!既にご予約いただいた皆さんには、9月上旬にお手元に届けられるよう準備中ですので、楽しみにお待ちください。


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