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降りだした雨の匂いはあの夏のカストロールの香り

雨の匂いがした。

正確には、アスファルトに付着した油が雨にあたった瞬間に細かな粒子となって舞い上がり、それが俺の鼻腔に入ってきたということになるが、雨に匂いがするというこの表現が、なにか叙情的で俺は好きなんだ。

あの雨の降り始めの匂いは「ペトリコール」というギリシャ語に由来する”石のエッセンス”という意味。

ペトリコールの匂いは、どこか懐かしい記憶を呼び起こす。

油、そして石のエッセンス、文字にしてそれを眺めていると、それがあの夏のカストロールの匂いに似ているから、だから雨が降り出した矢先に懐かしい気持ちになるのかもしれないと気付いた。

サーキットの匂いとまで言われたカストロールのR30。それが大好きだったやつが昔いた。

そして今はもういない、だから懐かしい。

ヤマハの青缶なんか使ってるのはだせえって、ガキの俺に初めて教えてくれたあいつ。

夏に死んだ。七夕の二日後だったからちょうど今日が命日になる。

降り出した雨で呼び覚まされた記憶は、あいつの単車の後ろに乗っていた時のもの。拾い物のエンジンにパクりもののナンバーを削ったフレームを組み合わせた雑なR1-Zだったな。

それにしてもカストロールはどうしてあの匂いがするのかと考えた時に、今はあの時と違ってスマートフォンひとつで答えが出る時代。

主成分は”ひまし油”要はゴマ油らしい。

どういうことだろう。この新宿のアスファルトにはゴマ油でも染みついているというのか。

街を行き交う車や単車かた滴り落ちたオイルにしたって、未だに2ストロークということはないだろうによ。

そんなどうでもいいことを考えていると、一体この雨はどこから来てどこへ行くのだろうと、さらに思考が飛躍してしまう。

暇人の特権なのかも知れねえな。

この雨は、一体いつ出来たものなのか。

今さっき出来たものもあれば、一時間前に出来たものもあるらしい。

この雨は、一体どこから来たのか。

上空2000メートルからきたやつや、上空5000メートルから来たやつだっているとのこと。

一体どれくらいの時間をかけてここに来たのか。

大粒の雨は秒速900センチで、小粒の雨は秒速160センチらしい。

そうすると、今ぱらぱらとここに落ち始めたこの小粒の雨は、あのビルの頭上の雨雲から来ていて、そうだなあれは結構近そうに見えるから距離が2000メートルだとでもする。それなら約20分前くらいに生まれたことになるのか。

だからなんだと言われても、そこに意味なんかはない。

きっと都会の地面には、俺たちのたくさんの記憶が染みついていて、それはアスファルトにこびりついて剥がれなくなったガムの数かそれ以上だけ。

雨はきっと誰かの涙。遠くからやってきて、その記憶を優しく呼び起こす。

ガキの頃に母ちゃんに起こされるように、遠くからやってきた誰かの涙が、悲しい記憶を悲しくないように思い出させてくれるんだ。

忘れっぽいこの俺が、今日お前の命日を思い出したことだって、きっと何かの意味があったのかもしれないよな。

それに意味なんか全くなかったとしてもだよ、意味があったのかもしれないって思っていた方が、少しは楽しく生きられるだろ。

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俺は雨の日が好きだ。

匂いも、どこか憂鬱な気分になる自分自身も、夜の高速でワイパーが動く音も。

R.I.P 俺の古い友人へ

ヘッダーのカタナのカウルを取っ払っちまったのに乗っていたのがそいつ。

お前不細工だったから顔は切っておいたぜ。

俺にゼニなんか投げるならコンビニの募金箱に突っ込んでおけ。 ただしnoteのフォローとスキ連打くらいはしておくように。