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Netflix最新ナイジェリア映画『オロトゥーレ』(2019)を理解するための補助線

2020年10月2日、ネットフリックスで映画『オロトゥーレ』(2019)の公開がスタートしました。翌3日に見終わり、いつものように映画レビューサイトFilmarksにメモしておこうとしたら、その時点ではタイトル登録がされておらず。しょうがないのでツイートしたのがこちら。

この時点での私の感想は、あくまでもフィクションとしての完成度が物足りない。というものでした。公式のあらすじには

人身売買の闇を暴くため、売春婦として潜入取材を試みる記者。そこで彼女が見たのは、女性に対する搾取と非情な暴力が支配する世界だった

というようなことが書かれていて、潜入捜査もの扱いなあ。香港映画『インファナル・アフェア』(2002)と韓国映画『新しき世界』(2013)は好きだったけど、女性が潜入する作品というと……岩明均原作、室井大資作画『レイリ』? いや、あれは潜入してないし捜査もしない。それをいうなら峰不二子は潜入かつ捜査するかも。とかなんとか脇道にそれながら、心に澱のように残るトピックを扱っている作品として、だらだらと検索すること数時間。
その間で判明したことを、以下で共有しておこうと思います。
まず、ハリウッドレポーター誌の製作者インタビュー(2020年9月25日)。

ナイジェリアのエンターテイメント業界一のプレゼンス、といっていいモー・アブドゥという女性ファウンダー(要はオプラ・ウィンフリーですけど、日本人向けに黒柳徹子って言い換えた瞬間にニュアンスが狂ってくる)、ネトフリとのディールについて語るの巻。
・ラゴスはロンドンから6時間よ、時差だってないし。アフリカが遠いなんて言ってるひと、いまどきいる? というノリで、なるほど成田ハノイぐらいか、たしかにそう言われればそこまで遠く感じない(ハノイは時差あるけど)
・Afro-History(歴史もの)、 Afro-Futurism(SF)、Afropolitan(日常もの)、そしてAfro-Impact(社会問題系)。『オロトゥーレ』(2019)は最後にカテゴライズされる作品ね。って今後の製作構想に、え、SF? ってなっていたんですが(チープにならんかね)、全米公開前提の契約がほぼまとまるところ、なんですって
・自社映像を国際フェアへ売り込みに行けばたいていイイ感じのリアクションに囲まれて「来週絶対連絡するから」って言われるけど、いざメールを送ったらシーン、よ。ってあるある話にはウケた(あと、BLMがアフリカのコンテンツには追い風、ってところはなるほどそれは挨拶に困るね。みたいな顔になりましたけど、よく考えるまでもなく本来俺が困るところではない)

と、ここまでは予測の範疇。アフリカ発の映画を喧伝するアフリカの製作者ってポジションのひとの活動として、日本発のアニメーションを国外にアピールする日本人Pが言いそうなことと大差ないよね。
と思っていたら、目に入ってきた映画レビュー(2020年10月3日)に、ん、なんか話が違うんじゃね? って居住まいを正されまして。

・映画『オロトゥーレ』(2019)が現実をガチに再現しすぎていて気分が悪くなった、って自身もサバイバーだというライターの記事
・ずっと署名に気付かず無名ライターなの? と読んでいたのですが、キキ・モルディって著名なジャーナリストじゃないですか。早く言ってよー
・ナイジェリア映画に『アービトレーション: 交差する視点』(2016)って作品があるんですけど、劇中でほんのわずかに言及されている、大学教授が単位がほしいか。ほしければ、つってセクハラをかます挿話があるんです。洋の東西問わず、これなあ。って苦い顔で見ていたんですが、キキ・モルディはまさに彼女が体験したアカデミズムの歪んだ体質を告発して国中の論争を呼んだ人物で、つまり『オロトゥーレ』を語るのに彼女以上の適任はない
・でね、その彼女が映画の脚本、あれマルパクじゃん。って書いていて(ギャルみたいな口調で、ではない)
・具体的な言及先、ナイジェリアのプレミアムタイムズというメディアの記事(2014年8月12日掲載)に飛んだら「あ、たしかにこれが原作で100%間違いないわ」

・ディテールが記事に書かれているそのまま、映画に使われているんですよ
・フィクションだと思って見ていたときには、妙にここ詳しく描写するなあ。と思っていたシーンが、実際の人身売買組織が被害者たちをマインドコントロールするにあたって重要とみなしている要素だと知ると、見え方が変わってくる
・売春組織に4カ月潜入して、隣国ベナン経由で海外に売り飛ばされるタイミングで命からがら脱出、という原作者(ってもう俺の一存で認定しちゃう)が映画にクレジットされていないのはさすがにどうかと思うほどでしたが、キキ・モルディいわく、製作会社と原作者の間で手打ちは済んだ。エンドロールにスペシャルサンクスとして名前を入れ、かつ映画の売上から人身売買撲滅をミッションとするNGOへ寄付する、などなど。
なので、そこは追及しなくてもいいのでしょう(大々的なプロモーションを打てるはずが様子見ふうなのは、そうやってスネに傷持つせいかも、という感想)。

ちなみにその、映画の原作ともいうべき潜入取材記事は前出プレミアムタイムズともう1社、オランダ拠点のZAMという媒体との共同企画になっているのですが、後者のほうが記事公開は早く(2014年1月22日。潜入期間は2013年8月~11月)たぶん組織からの報復回避の都合とか、いろんな事情があったのではないかと察せられます。
そのZAMの編集後記(2014年3月17日)に、この実話を配信することが「アフリカの後進性を裏付けることにならないか」という懸念が編集部内でささやかれ云々というヨーロッパみが深いエピソードが載っていたのと

あとは記者本人のコメントが、個人的に興味深いものでした。
いわく、アフリカの女の子たちは何も分かっていない無知な存在だから人身売買の被害にあっている、と考えるのは間違いで、彼女たちは十分情報を咀嚼したうえで、それでもなんとかなる、あるいはそれでもまだ現状よりはマシだと自分で判断したうえで、飛び込んでくるの。
"African women, especially girls, these days, are not naïve; they are smarter than themselves!"

……ちらっと書いたんですけど、日本の技能実習制度、カネが稼げるって騙されて劣悪な生活環境に監禁されるやつ。ちょっと調べればそんなひどい国に来たら駄目だって分かりそうなものだ。自己責任だよ。という類の人身売買の被害者を責める風潮を感じない日がない日本人として、他人事には思えないトピックなんです。

というわけで最後になりましたが映画『オロトゥーレ』(2019)についての私見まとめ。描写が甘いところ、些事にとわれすぎるところ、プロットに追われすぎて製作者自身の意図が埋もれているところ。など、言い出したらキリがないアラが目につくものの、何このシーン実話なの? ここも? って目で見ると感想が違ってくるbased on a true storyで(フィクションとしてそれでいいのか。というと個人的には否定したい派だけど)あなたがネトフリ契約していて、なんか見たことないような映画ないかなー。ってときの2時間弱の使い方としては、おすすめできます。PHOTO: IMDb


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