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人体は化学工場、とあらためて思う

食べたものの、自分の身体への影響って、敏感に感じる方でしょうか?

神経が繊細めにできている方は、胃腸があまり強くないことが多いので、そういう方は、けっこう敏感かもしれませんね。

私は、最近、なるほどなあ、と思うことがありました。

もう5年くらい、身体の調整をしてもらっている施術の先生と、
「膵臓に負担がかかってますね」
「どういうこと?」
「糖質の取り過ぎ、でしょうね」という会話をしたから。

こういうときは、ほぼ間違いなく、自覚があります。

朝、かなり大きなお皿に、白米どっさり(たぶん普段の2~3倍)、豚肉の焼いたのどっさりと野菜を乗っけて、大盛りの豚丼的なものを食べて、その先生のところに行ったから。

むむむ、確かにもたれ気味な自覚はあったのだけど、背中を触るだけで、ばれちゃうんだな。

そして、他にも心当たりが…

最近、すごくおいしいブドウの到来物がありましたが、珍しくお福分けしないで、自分でパクパクとあっという間に食べてしまったから。

ブドウは果物の中でも、糖質の高さは、トップクラス…

そう、糖質の取り過ぎは、きっと、今朝のご飯だけでなく、最近の大好物のブドウの食べすぎもある…


ここでやっと思い出したのは、生体というのは、消化酵素のおかげとはいえ、「常温常圧」という、化学反応の起こりにくい環境で、刻々と消化・解毒の活動をしてくれている、ということ。

先日も、かゆかゆの湿疹で食べ物の大事さを痛感しましたが、今どきは、豊かな食べ物に恵まれているし、誘惑も多いです。

意識が、身体の声を聞けず、頭で情報を受け取ってばかりいると、ついつい…

身体に意識を向けられていると、うんと具合が悪くなるまでに、いろんなメッセージが届いていることに気づけます。

身体は、私たちのために、いつでも無言・無報酬で、ベストな活動をしてくれています。

調子が悪くならなくても、その化学工場の事情がつかめるようになりたいものですね。

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