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きしぉう博士のアジア研究ノート

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きしぉう博士が書いたアジア研究や歴史学関連の2020年10月から2021年1月までの有料記事の全てが読めるマガジンです。
アジア研究、特に東南アジア研究の前線の話がかじれます。 それから、大手の出版局・大学出版局から本を…
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#政治

講義用ノート コミュニティ形成の東南アジア史(1)シリーズ概論

本業です。シンガポール国立大で教えている大学2・3年生向けの「東南アジア史入門」の授業をコミュニティ形成史として作り直し、日本語の講義用ノートを作る計画です。ちびちびやります。域内の研究もできるだけピックアップしていきますが、東南アジア研究の系譜的には、ビクトール・リバーマン → マイトリ・アウントゥイン → 土屋、あるいはD.G.Eホール → オリバー・ウォルターズ → レイナルド・イレート → 土屋です。なので、基本的にはミシガン大及びコーネル大系列の伝統に基づいて(多少

フィリピンの選挙とその報道 ミンダナオのフィールドワーカーとして

フィリピンの選挙とその報道を見ていて、自分たちのリサーチ(とにかく一般人のじいさまばあさまとだべる!)は、重要だと再確認した。このノートでは、ミンダナオで一般市民へのインタビューを続けてきた歴史家兼フィールドワーカーとして、メディアの言説に疑問を持ったことを数点指摘しておく。 フィリピンのインテリ層のコメントは、文明/知識の立場から無知と歴史修正主義批判という構造になっていて、投票者の経験や考え方の理解が弱い。というか、あまり有機的に理解しようとしてる感じがしない。

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麻薬常習社会 草の根での印象

「麻薬撲滅戦争」:報道と草の根での印象の乖離昨年約一年間、フィリピンはミンダナオのカガヤン・デ・オロ市で生活する機会があった。本来の目的は、第二次大戦後、所謂冷戦期に関するインタビューを集めることだったが、住民たちにインタビューしているうちに時事問題や関連する現地の情報も集まってくる。 2016年に成立したドゥテルテ政権の大きな政策目標として「汚職の撲滅」と「麻薬撲滅」を上げていた。ドゥテルテ大統領は、「麻薬撲滅戦争」というスローガンを用い、麻薬取締に際しては暴力の行使も辞

まとめ。シンガポールにおける「中華系の特権」に関する論争

昨年末辺りから人種と「中華系の特権」に関する一連の論文が、シンガポールで論争の的になっています。元々の論文はもとより、その後の学会や社会の反応が非常に興味深いので報告します。 2019年9月、南洋工科大の研究員のフマイラ・ザイナル博士が、同僚のワリッド・アブドゥッラー博士と共に「政治における中華系の特権:シンガポールの支配エリートに関するケーススタディ」(Chinese privilege in politics: a case study of Singapore's r

国連の選挙支援チームで働いて学んだこと(1)選挙

10年ほど前のことですが、私は法政大学を1年間休学して、東ティモールの国連選挙支援チームで働いていました。21歳から22歳の頃です。経緯としては、2009年頃にサブプライムローンの不況で就活する気が失せてしまい、指導教授だった長谷川祐弘先生(後で説明する)に相談したところ、「土屋くん、君は英語できるようになったし、インドネシア大好きだし、クリスチャンだし、東ティモールの国連で1年くらいボランティアしてみるかい?ただし、弱音を吐いて帰ってきちゃだめだよ」と言われて、「あ、はい。

アラタス講義録(2)「怠惰な原住民の神話」と学知の普遍性について

アラタス先生のこと第一回目((https://note.com/kishotsuchiya/n/ne52daa22dc9e)の続きです。 故サイド・フセイン・アラタス教授は、私がシンガポール国立大(NUS)の修士課程に入る少し前にマレー研究の教授を務めておられました。マレー半島では怖いもの知らずの知識人として畏敬されている人で、NUSで勉強し始めた頃に出会って最も衝撃を受けた思想のひとつがこの人物でした。生前最後に行われた講演では、ご自身のことを「社会の余計者」と呼んでおら

アラタス講義録(3):研究の重要性の基準、自律的社会科学、ごますり性の社会学

第一回(https://note.com/kishotsuchiya/n/ne52daa22dc9e) 第二回(https://note.com/kishotsuchiya/n/n883eab4dbf7f) に続く最終回です。以下が講義録です。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 研究の「重要性」について 虚無主義的な潮流の影響力は過小評価するべきではない。社会科学において、それはさまざまな形をとってきたが、その一つは「重要性(significance)」の無視である。

人権運動とオリエンタリズム

人権運動は、ある意味非常に独善的な、大きな物語に基づいて行われている。この物語において、登場人物は、3つの集団に分類される。1つ目が野蛮さを代表させられる国家(とその駒としてイメージされる民兵集団)。2つ目が被害者集団。そして、3つ目のグループが救世主である国際人権運動家ネットワークだ。 歴史的に言って、人権という概念の存在意義は、「国家から人間を守ること」にある。だから、人権は、国家を活動の対象とする。人権の観点では、人権によって野蛮さを管理するのが「よい国家」で、非自由