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ホシノウタ

9
歌い旅する星のおはなし
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ホシノウタ 《1》

ホシノウタ 《1》

「ねえ、何か聞こえない?」
「何かって?」
「声……みたいな。イルカの」
「いくらここが海に近いからって、イルカの声は聞こえないよ」
 問いかけられた男は呆れ気味に苦笑する。男の無造作に伸びた黒髪が笑みに合わせて震えた。
「そうかなあ」
 問いかけた女は少し耳を澄ませるような仕草をした後、気のせいだったかも、と言ってベッドの上に広げた雑誌に目を落とした。

 ツツツ…トゥ…タタタタ

 その声

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ホシノウタ 《2》

ホシノウタ 《2》

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 イマルは空を見上げた。トトトトン、ツーィ、そんな音が聞こえたように思えた。ここのところ、ふとした拍子に聴こえる。微かに、遠くから小さく。聞こえるたびに辺りを見回してみるのだが、どこからかわからない。昨晩も聴こえたので一緒にいたカイにも尋ねてみたが、彼には聞こえなかったようだった。
「疲れてるのかなあ」
 ストレス性の幻聴かも、とカイにからかわれたことを思い出した。確かに

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ホシノウタ 《3》

ホシノウタ 《3》

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 ツツツツ……ピューィ……

「長い旅ね」
「もうすぐ終わるよ」
「どうしてこの船は歌うのかしら」
「……どうしてなんだろうな」
 多すぎて大きな生き物のようにすら見える星々の連なりを見ながら、思念は会話を続けた。
「私たちが意思を持ったこと自体がこの船にとっては不測だったかしらね」
「そうかな。そうかもしれないな」
 長い沈黙が訪れる。
「もし、もしよ。この歌が聞こ

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ホシノウタ 《4》

ホシノウタ 《4》

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『お疲れ。返事できなくてごめん。仕事もう終わった?』
 ヴヴ、と机の上のスマートフォンが震え、カイからの返信が届いたのは、午後8時を回った頃だった。イマルはスマートフォンに返信を打ち込んだ。
『お疲れ。とっくに帰ってる。夕飯いる?』
『欲しい。なんかある?』
『パスタくらいならすぐ』
『オッケー。今日の動画、今話題の彗星。もう調べた?』
『うん。いろいろ』
 そう返信して

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ホシノウタ 《5》

ホシノウタ 《5》

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 スマートフォンが微かに震え、カイが最寄駅に着いたことを告げる。イマルは考えるのをとりあえずやめて台所に立つと、冷蔵庫を開けてベーコンと舞茸とミニトマトとニンニクを取り出した。水を入れた鍋を火にかけ、湯を沸かす。
 湯が沸く頃、カイが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり。ごめん、ちょっとぼーっとしててまだパスタできてないんだ。先にお風呂入る?」
「いや、待ってるよ」
 

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ホシノウタ 《6》

ホシノウタ 《6》

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 トトトトトト……ププ……フューウーィー……

 船は恒星を見ながら宇宙を切り裂いていく。近くを小さな小惑星がかすめていった。
「何億の船がこうやって旅してきたのかしら」
「何億? 何十億、かもしれないな」
「もう、ずっとずっと前からなんでしょう?」
「そうだよ」
 いびつなかたちの船は、小さく光る石を従えながら、遠くの星々を背景に滑らかに進む。
「私たちが個だと思ってい

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ホシノウタ 《7》

ホシノウタ 《7》

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 トトト……トゥー……ツツツツツ……

 白くがらんとした部屋。イマルは診察室にいた。総合病院にある耳鼻科を受診したところ、難聴は特に見当たらないのだが、耳鳴りが気になるので念のため脳外科と婦人科も受診するようにと言われ、こうしてすでに三つ目の診察室の椅子に座っている。
「生理が止まってることを耳鼻科で指摘されたのね。いつから?」
「ええと、先々月はあったと思うんですが」

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ホシノウタ 《8》

ホシノウタ 《8》

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 トントントン……ププ……ツィー

「私、ちょっと思い出したの」
「何をさ」
「この船の歌とよく似た音。私、聴いたことあるの」
「……そうかい」
「またそんな言い方。あなたもあるでしょう」
「僕はほんとのところ知らないんだ」
「そう……まあいいわ。この、とんとんっていうこもったような音」
「うん」
「なんだかとても温かで……気持ちよかったわ」
「そうか」
 船は星の海を切

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ホシノウタ 《9》

ホシノウタ 《9》

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 トトトト……ツツィー……プププププ

「ママ、マーマー!」
「なあに?」
「とんとんとんって、なんのおと?」
「ん? どれかな?」
「おそらから、きこえるの。とんとんとん、プープーって」
 イマルは、ハッとして空を見上げた。あの日と同じような、秋晴れの空。公園には枯葉が積もり、賑やかな子供の声がこだましていた。滑り台から降りてきたばかりの子が転び、泣き出して親を呼ぶ。
「あーちゃ

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