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【短編小説】Life is Money 〜Re 傭兵Blues I 戦場の少女

 聖アルゴキア歴3712年。衰退した帝国は統率力を失い、居並ぶ列強諸国が、数世代に渡り、闘争を繰り広げている。戦乱の嵐は収まるどころか広がるばかりで、戦火はもはや銀河のあちこちへ、飛び火している。

 俺と相棒はギルド所属の傭兵だ。こんな世の中だから命の重さは限りなく軽い。人の命なんて、簡単に金に還元される。 "Life is money " さ。



 いきなり、隣の男の頭が吹っ飛んだ。反射的に地面に伏せたのは言うまでもない。一拍遅れてドーンという重い射撃音。おそらく対戦車ライフルのマクシミリアムⅣだ。音でわかる。そんなシロモノをまともに食らったら強化サイボーグであろうが何だろうがひとたまりもない。

 粉々に吹っ飛んだのが俺の頭じゃなかったのはたまたま運が良かっただけ。

 敵の方角は十二時。そっちには俺たちの小隊が制圧するはずの街がある。

「住民も敵もいないただの廃墟って聞いたはずだよな」
「情報があてにならねえのはいつものことさ。相棒」

 相棒も俺も対戦車ライフルなんぞで撃たれた経験はない。まあ、もしもそんな経験があったら今ここにいない。

 伏せていた顔を上げた馬鹿がまた吹っ飛んだ。衛星システムは例によって敵味方双方のジャミングにより使えないから正確な距離はわからないが、少なくとも五キロは離れている。敵さんは腕が良い。

 俺たちは無様に地面に張り付いたまま動けなくなった。敵も撃ってこない。

「なあ相棒」
「なんだ」
「おまえが狙撃手だったらこんな時どうする?」
「そりゃあ決まってる。対サイボーグ用焼夷弾頭をぶち込んで尻に火を付けてやるよ」
「やっぱりおまえとは気が合うな。俺も同じ意見さ」

 上空からヒュルヒュルという音が聞こえた瞬間、俺と相棒は同時に「みんな逃げろ!」と叫んだ。しかしすぐには起き上がらない。慌てて逃げ出した他の小隊員がマクシミリアムⅣの七十ミリ徹甲弾によって粉々になるのを確認してから身を低く保ち、前方に見える窪地目掛けて走り出した。窪地の底へ身体を投げ出したのとほとんど同時に、後方で着弾した焼夷弾が爆発した。

 結局、助かったのは小隊長と俺と俺の相棒だけだった。他の隊員は熱で溶けたり撃たれて粉々になったり。

 もう一回、焼夷弾を撃ち込まれたら俺たちだっておしまいだったが、なぜかそれきり攻撃が止んだ。ここで畳み掛けてとどめを刺すのがセオリーだから、攻撃の手を緩める理由がない。もしかすると焼夷弾はあれが最後の一発だったのかもしれない。

 さすがに退去するだろうと思いきや「夜になったら前進する」と小隊長がのたまう。

「夜間でも敵さんにはきっと見えますぜ」
「おまえら自分たちが狙われないように他のメンバーを身代わりにしただろう」

 おやおや。しっかりバレている。ここは誤魔化すしかない。

「何のことっすか」
「とぼけるな。わかってるんだ。逃げろと叫んでおいて、起き上がった隊員が撃たれたのを確認してから逃げ出した。しっかり見たぞ」
「逃げるのが遅れたのはたまたまです。昼に食ったソーセージが傷んでいたみたいで腹の調子が悪くて」
「ソーセージが何の関係がある」
「さあ。俺にもさっぱり」
「貴様…」

 そんなことよりと、話題を逸らす。

「三人しかいないんですぜ。退却するべきじゃねえすか」
「うるさい。黙れ」

 わからず屋め…。しかしこいつを放置して逃げたら軍法会議ものだ。それに臆病者の風評が立ったら今後の傭兵契約に支障が出る。ここでこいつを始末するのは簡単だ。だがそれは俺たちの流儀から外れる。勝手に死んでくれるのがベストな選択肢なんだが、それはさすがに口に出すべきじゃない。

 夜になった。闇に紛れ、俺たち三人は安全な窪地からジリジリと這い出した。小隊長のくそったれはもちろん最後尾だ。俺と相棒が逃げ出そうとしたら後ろから躊躇なく撃つつもりなのは、言われなくてもわかる。

 窪地の縁から恐る恐る少しずつ頭を出す。まだ大丈夫だ。俺の頭も隣にいる相棒の頭も無事だった。ゆっくり、ゆっくりと。窪地から這い出て、前へ。何も起きない。さすがに五キロも離れていたら敵の暗視システムも…。

 ある予感を覚え、動くのをやめた。虫の知らせというやつだ。相棒も変な顔で俺を見ている。

「どうした。早く行け」

 小隊長がいらいらした声で急きたてる。しかし。

「待ってくれ。様子がおかしい」
「おかしくなんかない。行かないと撃つ」

 中腰になった小隊長が銃を構えた。次の瞬間、レーザーの矢が小隊長の首のあたりに突き刺さり、抜けた。俺たちは転がりながら敵が隠れていると思しきあたりを薙ぎ払った。這い出してきた窪地へ避難する。

 夜が明けるまで俺と相棒は押し黙ったままんじりともしなかった。

 空が白み始めた。いつまでもこうしているわけにはいかない。

「助けて。誰かいませんか。お願い」

 急にか細い声がした。窪地の向こうから聞こえてくる。そうっと覗いてみると、ぼろぼろの服を着た若い女が立っていた。まだ少女と言っていい。裸足で、怪我をしている。金髪の頭には血がこびりついている。

 青い目が俺を見て「助けてください」と言った。

「何日か前に知らない男たちがやってきて監禁されていたんです。隙を見てやっと逃げてきたの」
「…そうなのか」
「お願い。なんでもしますから」
「なんでもだと」
「はい」

 小銃のトリガーにかけた指はそのまま、俺は…。

 急に少女の後ろから銀色のアームのようなものが飛び出した。同時に相棒の銃が吠え、少女のか細い身体が崩れ落ちた。

「女子供は撃てねえってか。それともスケベ心が疼いたのか?甘いな。甘すぎるぜ」
「違う。そうじゃねえさ」
「前にも女が原因で失敗しただろうが。もっと冷酷になれ。俺たちは傭兵なんだ。情けなんていらねえんだよ」
「わかった。もう言うな」
「おい、その間抜けな目でよく見ろ。こいつは身体改造サイボーグだ」

 倒れている背中から金属のアームが伸びている。アームの先には小型レーザーがあった。まだ息がある。咳こむ少女の口から血が滴る。近くで見るとまだ十代にしか思えない。まだ子供だ。

「おそらくこいつが小隊の連中を殺したんだ。膠着状態に痺れを切らし、ここまでわざわざ殺しに来たんだろう」
「黙っていてくれ。彼女が何か言っている」
「ああん?放っておけよ。おい!聞いてんのか!」

 相棒に構わず、しゃがんだ俺は倒れている少女の口へ耳を寄せた。

「お、おまえたちなんか、みんな死んじゃえ。戦争なんか、大嫌い。母さんも、父さんも、弟も、みんな…戦争なんて…」

 それっきり動かなくなった。光を失ったその目をそっと閉じてやる。

 俺だって馬鹿じゃない。敵であるのはわかっていた。わかっていながら撃てなかったのは、少女が死んだ妹に似ていたからなんて言えなかった。

「なあ相棒」
「何だ」
「この子を埋めてやりたいんだが」
「ふん。勝手にしろ」


♦︎ホラー専門レーベル【西骸†書房】蒼井冴夜


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