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天空のBlack Dragon 第二話

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"彼"

 定時で帰宅できるのは稀だ。しかしその日はたまたま仕事が一段落したのと、地上からでもはたしてあれが見えるのか確かめたいという理由が重なり、十八時過ぎには会社を出た。
 今の時期の日没は遅い。そんな時刻でもまだ昼間のように明るい。会社のビルから通りへ出たら、ちょうどそこにいた知り合いに捕まった。私の元部下の若い男性社員だ。彼の仲間らしき若者が二人いた。
「篠崎課長。お疲れさまです」
「ああ。お疲れさま」
「今日は珍しく早いですね」
「まあ。たまにはな」
「これから呑みに行くんですが、課長もどうですか」
「せっかく誘ってもらって悪いが遠慮しとくよ」
「たまにはいいじゃないですか。行きましょうよ。俺、いい店知ってるんです」
「たまには早く帰って家庭サービスをしないとな。妻に見放される」
 ドラゴンが見たいから、とはまさか言えない。それに家庭サービス云々は嘘じゃない。愛する我が子はまだ四歳だ。仕事が忙しいからと子どもの面倒を妻に任せっきりでは父親として失格だ。
 黒いドラゴンがいるはずの方向に目をやる。傾いた太陽に照らされたその一部が、高層ビルの隙間から見える。
 やはり、あれは存在している。ちょっと試してみたくなった私は背中を向けた元部下を呼んだ。
「ああそうだ、小山君。ちょっと…」
「はい?なんでしょう」
「あそこに….」
 あそこにと、ドラゴンを指差してみる。つられてそちらを見た小山君は「なんですか?」と言った。

 やはりそうだ。彼には見えていない。さっきの、私を呼びに来た女性社員と同じだ。

「いや。なんでもないよ。気のせいだ。呼び止めてしまってすまん」
 空に浮かぶドラゴンが見えないか?とは聞かなかった。聞くまでもない。きょとんとしている小山君を解放し、私はドラゴンが見える方角へ歩き出した。
 しかし見えているのに一向に距離が縮まらない。ドラゴンは追いたいが家族の待つ家にも早く帰宅したい。
 私は自分を合理的な人間であると思っている。だからこそあれが、あのドラゴンが何なのか何を意味するのか知りたかった。自分にとっては間違いなくあそこに存在しているのに他人には知覚できない存在。存在?
「ふっ、ははは」
 確実にあるからこそ「存在」という概念が適用されるのだ。自分にしかわからない何かを存在しているなんて言えないだろう。急に笑い出した私を周囲の人々がおかしな目で見てから顔をそむける。
 私のドラゴンを追うのは諦めた。地上からでは建物が邪魔をしてそのほんのわずか一部しか見えないとわかったからであり、日も暮れてきた。 
 西に傾いたオレンジ色の日差しがドラゴンの体躯を照らし、深い陰影を作っている。また視線を感じた。"彼"がその青い目で私を見ている。"彼"を感じる。わかる。"彼"はそこにいる。

 …今日は帰るか。さっさと帰って妻と息子の顔を早く見たい。

 通勤でいつも利用している地下鉄の駅を目指し、私は歩き出した。


第三話へ続く

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