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【こんな映画でした】836.[サラの鍵]

2023年12月25日(月曜) [サラの鍵](2010年 ELLE S'APPELAIT SARAH フランス 111分)

 ジル・パケ=ブランネール監督作品。[マルセイユ・ヴァイス](2003)を観ている。ジャーナリスト役のジュリアをクリスティン・スコット・トーマス(撮影当時50歳だが役柄は45歳)。私のお気に入りの女優の一人である。そしてサラ役は二人となるが、まず子どもの頃10歳の彼女をメリュジーヌ・マヤンス(撮影当時10歳)。この子役が実に良い。ほとんどすべて、といっていいだろう。

 原題の「ELLE S'APPELAIT SARAH」は、「彼女の名前はサラでした」とのこと。主人公は「サラ」であり、邦題からするとその「サラ」のことに限定して私たちは考えてしまう。しかし実はそうではない。向こうの映画の題名の付け方は実に凝っているのだ。ラストシーンでジーンとさせられる、身体が震える映画であった。

 話は1942年7月の、フランスはパリでのことから始まる。すでにドイツに占領されており、ユダヤ人狩りが何とフランス警察の手によって行われているのだった。パリでのユダヤ人居住区から競輪場に集められ、そこからアウシュビッツなどの強制収容所に送られていくということになる。

 「鍵」というのは、アパートから捕まえられていくとき、とっさにサラは弟を納戸に匿ったのだった。その鍵、なのだ。この先ずっと彼女の人生は、この鍵とともにある。その死後もサラの息子に伝えられることに。

 両親と離ればなれに収容所へ入れられるが、弟と約束したこと、迎えに来るというのを実行するために彼女はもう一人の女の子と脱走する。その際にはジャックと呼ばれたフランス警察の青年が見逃してくれて、脱走に成功する(フランス人でもこういう人は存在した、と)。

 夜、歩き疲れて村にたどり着き、助けを求めるも拒否される。この際、番犬が吠えないのがおかしい。その老夫婦の夫が役に立たない番犬だと言っている。翌朝、納屋にその番犬とふたりの少女が一緒に寝ていた。それを見た夫は諦めて助けることにする。いうまでもなく当時、ユダヤ人を匿ったりしたら処罰されるのであった。

 結局、もう一人の女の子は病死し、その際、医師を呼んだことから匿っていたことがばれそうになる。これをきっかけに、サラは男装して男の子として生活していくことになる。ただその前にこの老夫婦はサラの希望を叶えてくれる。つまり、パリのサラが住んでいたアパートへ。

 しかしショッキングなことに、弟はサラの言いつけを守って、今も納戸の中にいたのだった。アパートの住人は異臭がするとはおもっていたが、まさか納戸からとは思わず、鍵もなかったので壊すまでもないと放置していたようだ。

 これである意味、サラの精神状態は完全に切れてしまったのだろう。1942年8月から1953年まで、この老夫婦の世話になり、そして家を出て行く。後で分かるが、このあとアメリカ合衆国へわたったようだ。そして結婚、だがついに精神状態は戻らず、1966年9歳の息子を残して、車で自殺してしまう。これでサラの人生の終わりが分かることに。

 以上のメインストリームに対して、女性ジャーナリストが21世紀の2009年頃にそれを調査していくというもの。だから今と昔がフラッシュバックで交互に映し出されていく。最終的にサラの息子と出会うが、彼は反発する。つまりその息子は、「私はユダヤ人でない」と教え込まれてきていたのだ。

 その2年後、出産を終えて(おそらく離婚して)再度その息子と出会う。それは息子がサラの夫・自分の父親から死の間際に本当のこととして、サラの日記を渡されたことによる。読んでいたら、日記の間からあの「鍵」が出てくるのだ。そして真実を知る。そこで大急ぎでジュリアに連絡を取り再会。その母親サラが好きだったというレストランで。

 そしていよいよ大団円。テーブルから離れて窓の外を見ているジュリアの娘に対して「ルーシー」と呼びかける。ジュリアが、それは手に持っているマスコットの「ライオンの名前よ」と。次の、そして最後のセリフがこの原題なのであった。サラの息子は感激して涙するのだった。

 ユダヤ人に対する弾圧は、たしかにドイツだけではなかった。ドイツに占領されて、やむを得なかったというかもしれないが、フランス政府もやっているわけである。その自国が犯した犯罪を反省を込めて描く映画とも言える。

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