【こんな映画でした】968.[ヤング≒アダルト]
2021年11月13日 (土曜) [ヤング≒アダルト](2011年 YOUNG ADULT アメリカ 94分)
ジェイソン・ライトマン監督作品。シャーリーズ・セロン主演(37歳のメイビス役)のちょっと悲しいお話。今はもう過去に過ぎない高校時代とその後の何年かに思いを馳せ、故郷にやって来るも、無惨にその思いは打ち砕かれ、再び今住むミネアポリスに戻っていくというお話。
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誰しもあの時、もし上手くいっていたら私の人生は今とはまったく違ったものとなっていたはずなのに、との思いは誰しも持っているものだ。それを描いたものか。
原題は小説の一ジャンルとしての「ヤングアダルト」もののこと。メイビスはそのゴーストライターという設定。しかしもう一つの意味は、このメイビス自身がいまだヤングアダルトの域から脱していないということでもある。
そんなことだから故郷での振舞いは、独り勝手な誰にも受け入れられないものと暴発していく。ひとりマット(パットン・オズワルド)だけが理解してくれるのであるが。なお昔の彼氏はパトリック・ウィルソン。
全体としてメイビスすなわちシャーリーズ・セロンのひとり芝居のようなものだ。悲惨であり、痛ましくある。大人(アダルト)になるとは、つまり「ヤング」を消し去ることが必要なのだ。まさに大人になるしかない。
過去の思いに耐えられる人間が、大人というものなのだろう。私もそろそろ晩年を迎えつつあるわけで、ことさらに過去を追憶したくなりがちな性向を感じざるを得ない。しかし、やはり断固として過去は過去として、もう振り返らないことが大事だろう。
やはり美人といっていいシャーリーズ・セロンが演じる故に、より痛ましく痛切に私に訴えてくるものがある。もちろん美人だからそうで、そうでないならそうでない、という意味ではない。この手の話もまずは主人公に感情移入できなければ成功しないのだから。
「ロトントマト」の映画評論家は80%に対して、オーディエンスはなんと49%。やはり一般受けはしにくいだろう。見ていて嫌になる内容だからだ。だが、監督たちは、だからこそこのような映画を作ったのだろう。もう一度観ると、見方が変わっていくかもしれない。