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久しぶりに自分のための花を買った

約2ヶ月ぶりに自分のために花を買った。
ダリア (黒蝶)、秋色水無月(紫陽花)、野薔薇の実。

実は、7月まで当たり前のように自宅に切り花を購入していけていたのだが、ふと思い立って辞めてみることにした。
花を飾っていた棚の上は、空の花瓶のまま2ヶ月以上が過ぎた。

ダリア 、秋色水無月、野薔薇の実

辞めてみた理由1
ここ2年前からの騒動で花の仕事も減り、初めの頃はどうしていいかわからず、『できることを続けて行こう』と決め、『花のある暮らし』と『季節感』を広く伝えたい思いで、自宅に花をいけては写真を撮り、SNSに投稿を続けてきた。しかし、指一本のスクロールで流れていってしまう写真に段々と虚しさを覚えた。そして、『何のため、誰のためにに花をいけるのだろう』と自問自答するようになり、意味を見出せなくなったからだ。

辞めてみた理由2
職場で茶室や、友人の古民家にて、その時々に周囲に生えている『野趣ある植物を少しだけ』という形でここ数年いけ続けていたら、そのありのままの自然な美しさに気づき『もうこれで十分では?』と思うようにもなった。
これまで仕事として長年続けている『花をデザインする』ということは一体なんだのだろう、と。

という訳で、2ヶ月の間、仕事では花を扱っていたものの、『自分のための花』からは暫く離れてみるとどうなるのか、を試してみたのだ。
無くなると寂しいかな、と思ったが、実はなくてもいいこともわかった。

しかし2ヶ月が経ち、今日、切り花を購入した。
秋色水無月は、花市場に出る期間が短いので『一年に一度僅かな期間しか出会えない花』、にどうしても会いたくなったという理由だが、それは季節の野菜や果物と同じ感覚に近いのかもしれない。

何事でしょうか?

久しぶりにあまりに豪華すぎて何事かという感じ。
しかし、美しい植物に触れて、見つめていると気持ちが高揚する。
そこに意味を見出そうとすることに意味はなかったのかもしれない。

私は、これからも心のままに花をいけていく。
きっとそれだけだ。

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