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マイルール:金曜日はカレー

金曜日になると、決まってカレーを注文する女性のお客がいる。
こざっぱりとしたスーツに身を包み、胸には社員証をぶら下げたまま、ビルに囲まれた広場に停めてある僕のキッチンカーに時間きっちりに訪れる。

喫茶店と洋食屋の中間くらいの飲食店を経営している僕は、金曜日のランチ時にオフィス街の真ん中にある広場にキッチンカーを出店している。
リーズナブルな洋食弁当はそこそこ好評で、たいがいのお客は日替わりのランチ弁当や洋食メニューをその日ごとに変えて頼むものだけど、彼女はきっかり12時15分に現れて、カレーライスとウーロン茶を注文して去っていく。

他のメニューには目もくれず、一人で訪れ、さっと注文して去っていく彼女のことが僕は以前から気になっていた。
背すじを張ってきびきびと歩くその姿は、人の手の届かない高所を尻尾をぴんと立てて歩む猫を思わせた。


雨のせいでちょっと客足が鈍っており、たまたま彼女だけが注文客だったある日、僕は思い切って彼女に声をかけてみた。

「横尾さん、いつもこの時間にカレーを頼まれますね」

彼女はびっくりしたようにこちらを見た。
切れ長な彼女の目が、尻尾をつかまれた猫のように丸くなっている。

「あの、名前…?」

こちらが名前を知っていることに驚いたのだろう。僕は彼女の首からぶら下がっている社員証を指で指し示す。
なるほど、と納得した表情で彼女は頷く。

「すいません、いきなり声かけたりして」
「いえ、大丈夫です」

彼女はにっこりと微笑む。その笑みはこれまでのクールな彼女の印象とは少し違って柔らかな雰囲気をまとっていた。

「いつもカレーですね。たまには他のメニューも頼まれては?」
「マイルールなんです、金曜日にここでカレーを頼むっていうのが」
「なるほど。なんだか潜水艦みたいですね」
「潜水艦…?」

よく分からなかったのか、彼女は不思議そうな顔で首をかしげる。

「潜水艦ってずっと海に潜っているじゃないですか。曜日感覚が無くなるから金曜日の食事はカレーと決まっているらしいですよ」
「そうなんですね。でも私の場合は単純にカレーが好きだからですよ」
「そりゃそうだ。オフィスで働いてるのに曜日の感覚なかったらマズイですよね」

頭をかきながら言う僕の言葉に彼女はくすくすと笑う。
意外とよく笑う女性だ。

「でもそんなにお好きなら、毎日でもいかがですか?」

言ってから、しまったと思い至る。おかしな意味に取られてしまったかもしれない。店のほうでもカレーを提供しているのでいかがですか、というつもりだったのに。

「カレーは金曜日だけって決めているんです。好きだから余計に」
「あ、そうなんですね、あはははは…」

彼女はさらりと流してくれた。自意識過剰の照れ隠しにベースボールキャップを深めにかぶりなおす。すると彼女は顎に人差し指をあて、メニューを眺めて少し考えるようなそぶりを見せてからこう言った。

「うん。でも他の料理も、金曜日以外なら食べてみたいかな」

その言葉に僕は勢いづき、エプロンのポケットに常に入れてある店の紹介カードを彼女に差し出す。

「ぜひ今度、店の方にもいらしてください。このすぐ近くですから。お待ちしています」
「そうですね。それじゃあ早速、今度の日曜日にでもお伺いしようかな」

そう言って彼女は、悪戯っぽい笑みを浮かべてくすりと笑った。
僕の心を見透かすようなその笑みは、とてつもなく魅力的で、今週末の営業は気合が入ったものになりそうだった。

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