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Flower language

私の彼は変なことに詳しい。
それが役に立つ知識ならまあ許せるのだけど、彼の披露する知識は大概、それで?と言いたくなるような変なものばかりなのである。
以前友達に愚痴ったところ、なにも知らないよりいいんじゃない、ととりなされたけれど、日々そういったムダ知識を詰め込まれるほうの身にもなっていただきたい。

それゆえにその時の私のリアクションは大体「へー」ではなく、「へ?」である。このニュアンスの違いがお分かりだろうか。リアクションをきちんととっていることを褒めてほしい。
それに彼はこちらが忙しいときに限ってそういった知識をぶっこんでくるのである。こちらがちょっとイライラしながら、「そんなに良く知っているなら、貴弘がやってみたら」と言えば、彼はふんぞり返ってこう言うのだ。

「いいかい、杏子ちゃん。『知ってる』と『できる』は違うんだよ」

やかましいわ。そんな時は私はしっしっと手を振って彼を追い払う。


先日も私が料理をしていると彼がふらりと寄ってきて声をかけてきた。
「今日はカレー?」
「そうだよ。いかにもって感じでしょ」
私はニンジン、ジャガイモ、玉ねぎをそれぞれ一口大に切っているところだった。玉ねぎは目に沁みないようにきちんとレンジで軽く温めてある。
リズムよく包丁を動かす私の手元を見て、彼はつぶやいた。
「『幼い夢』だね」
「へ?」
また変なことを言い出したぞ、と思いながら包丁を動かす手は止めずに続きを促す。
「なに、またいつもの謎知識?」
「『幼い夢』。人参の花言葉だよ」
「へー。人参にも花言葉ってあるのね」
「そりゃあ野菜にだって花は咲くからね」
なんでこの男はいちいちちょっと自慢げなのだろうか。私は少し問い詰めたくなる。
「じゃあジャガイモにも花言葉ってあるの?」
「あるよ。『情け深い』がジャガイモの花言葉だ」
ちょうど切り終わったジャガイモと人参を鍋に放り込んだところだった。
先に軽く火を通してから玉ねぎも少し遅れて追加する。
「それじゃあ玉ねぎは?」
「『不死』」
「ん?よく聞こえなかった、もっかい言って」
「死なず、と書いて『不死』だよ」
いやいや、ちょっと待って。玉ねぎだけなんかノリが違わない?『不死』って。急になんだか世界観変わってない?
「だからこの鍋は『情け深い』『幼い夢』にさきほど『不死』を加えたことになるね」
「児童向けファンタジーが急にホラー味を増した感じになったわね」
その日のカレーはなんだか不思議な味がしたものだ。

それ以来彼は私が料理をしていると、ときどき横で野菜の花言葉をささやくようになった。

茄子とトマト、それにピーマンの野菜たっぷりパスタを作っていたときの話。私はフライパンで手際よく茄子とトマトをしっかり味が混ざるようにまんべんなく炒める。
「茄子は『つつましい幸せ』、トマトは『完成美』だよ」
「いいじゃない、つつましい幸せが完成したって感じね」
ほどよく混ざったところでピーマンを追加する。
「『海の恵み』が入ったね」
「ピーマンは野菜でしょうが」
「いや、ピーマンの花言葉が『海の恵み』なんだよ」
「野菜なのに?」
「野菜なのに」
なんでだ。おかしいと思わないのか付けた人。そりゃ実と花は違うだろうけれども。彩り豊かな野菜を炒めながら昔の誰かに問いただしたくなる。
一通り炒め終わったら最後に風味づけにニンニクを少々。
「『力と勇気』が足されたね」
「え、それ花言葉なの?ニンニクの効果とかじゃなくて?」
「花言葉だよ」
「本当に花を見て決めたのかな、それ」

ヘルシーにゴーヤとモロヘイヤの和え物を作っていたときの話。
ゴーヤは種とワタを取り除くのがちょっと楽しい。厚いと苦みが強くなるので、薄切りにして水にさらす。モロヘイヤは下ゆでしてからみじん切りに。だし、砂糖、酢にごま油で調味料を作って混ぜる。ごま油は偉大だ。
「おいしそうだね、ゴーヤにモロヘイヤか。元気が出そうなメニューだ。『強壮』に『体力回復』か」
「まさかまた花言葉じゃないでしょうね。なんなのその効能みたいなフレーズは」
「花言葉だよ」
「花言葉ってなんなのかわからなくなるわね…」
「じゃあ山芋足したらいいんじゃない?『恋のため息』だよ」
「なんで似たようなもんなのにそっちはストレートに花言葉っぽいのよ」

サラダ代わりにカリフラワーのマヨネーズパセリを作っていたときの話。
カリフラワーを切り分け、塩ゆでしてからマヨネーズを絞ってパセリを散らす。手軽だけどけっこうおいしい一品だ。
「これはいかにも楽しそうな一品だね」
「また花言葉?どんなのか教えてよ」
「カリフラワーが『お祭り騒ぎ』、パセリが『お祭り気分』だよ」
「どれだけはしゃいでるのよ。あ、じゃあ似たところでブロッコリーは?」
「『小さな幸せ』だね」
「またブロッコリーだけ毛色が違うし…。ああ、でも結婚式でブロッコリートスとかするのは、花言葉としては合ってるのね」
「ああうん、そうだね」
彼がちょっと動揺したところを私は見逃さなかった。にやにやとしながら肘でつついてやる。
「なあに、ちょっと結婚ってワードに動揺しちゃった?」
「…………」
「こういうときだけ無口になるんじゃないわよ」
彼がこういう態度を取るときは照れている証拠だ。意味もなく二の腕をさすっている貴弘が、あさってのほうを見てつぶやいた。
「ちなみにエリンギにも花言葉があるんだよ」
「またそうやって話を逸らす……え?エリンギってキノコよね?」
「キノコだね。花言葉は『宇宙』」
「『宇宙』。…今後ス―パーでエリンギの棚見たら私たぶん虚無の顔になると思う」
「『虚無』は水菜だね」
「なんでそういうSFみたいなワードが出てくるのよ。じゃあ水菜とエリンギの炒め物は『虚無』の『宇宙』ってこと?」
「そうなるね」
「壮大だわ…。そういえばやたらと野菜の花言葉出してくるけど、そもそも私の名前の花言葉は知らないの?」
不思議そうな顔でこちらを見てくる。あれだけ野菜の花言葉を知っているのに、肝心の杏子の花言葉を知らないのか。

「じゃあ私が教えてあげる。杏子の花言葉はね、『乙女の恥じらい』よ」

彼はしばしあごに手をあてて考える。ちらちらをこちらを見ながら花言葉をかみしめているらしい。そのあと彼はにっこり笑ってこう言った。

「なるほど。君によく似合ってるね」
「でしょ」

私は満面の笑みを返してあげた。まあ、久しぶりに貴弘の話で楽しめたし、こういった知識なら悪くないかも。


ちなみにもっぱら私が料理をしているのは、彼に任せると3日間煮込まなきゃいけない、などの無駄に凝った料理を作り始めるからである。つくづく無駄の多い男なのだ。

「素晴らしいじゃないか。無駄があるということは余裕があるということだよ」

やかましいわ。私はしっしっと手を振って彼を追い払った。

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