うつ病の人がよく口にする言葉
今回は渥美正彦ドクターの動画から「うつ病の人がよくする話し方五選」です。毎度のことながらめっちゃ早口なので(笑)内容を整理して文章化しています。こちらを読んでからぜひ動画をご覧ください。
まあ。自分もこういう話し方してたわーって内容でした(^^; 客観性がとても低下しちゃうからなあ。自分が見えない、周りも見えないって感じ。
うつ病と診断される前は、こんな状態の人って多いんじゃないかな。んで、周りの人はもっと気づかないと思うんだよね。
「うつ病じゃない?」って気づいてくれる人がいたら、すごく観察眼があって、大事に思ってくれてる人だと思うわ。医療従事者であっても気づかないもんだしね(^^;
ま。ぶっちゃけ人って他人のことをさほど見てないもんです。
ほんっと、おでこにでも「現在うつ期」って表示が出たらいいのに(おい)
骨折してギプス固定してるとか、松葉杖ついてるとか、ハッキリ分かるもんじゃないしね、精神病って。
いや、ほんっとしんどくて、それでも自分が動かなきゃってことあるやん。一人暮らしだと特に。でも地下鉄で杖ついて立ってても、席なんて譲ってもらえないよ(^^;
あと「うつ病に気づいた時にどうすればいいか」が後半で語られています。
王道の三項目です。
うつ病の人がよくする話し方 五選
一つ目。「大丈夫だよ」と言う。
横から見てると明らかに大丈夫じゃなさそうなのに、大丈夫と言う。
特にうつ病の初期に見られることが多いです。
場合によっては、不自然な笑顔と共にこの言葉が返ってきます。
実際にはうつ病の患者さんは非常に苦しい状態で、気分が落ち込んだり、楽しいことが楽しいと感じられなくなっていたり、眠れなかったり、食べられなくなっていることがよくあります。
ただ周りの人に配慮して、心配をかけないように我慢しています。
場合によっては、自分自身の心や体に何が起こっているのか気づくことができなくて、心配されても「大丈夫だよ」と、大丈夫でないにも関わらず返してしまうことがよく起こります。
明らかに大丈夫でなさそうなのに、大丈夫大丈夫と繰り返し言ってしまうような方を見かけた場合には、ひょっとしたらうつ病かもと頭の隅に思い浮かべるようにしてあげて下さい。
二つ目。「しないといけない」です。
しっかり働かないといけない、勉強せんといかんといったような義務感に縛りつけられている言葉です。
うつ病では達成感や快感といったポジティブな感情を感じる力が著しく低下してしまっています。こういったプラスの感情を感じられなくなっているので、逆に義務を果たすことによって自分自身の存在意義を保とうとすることが少なくありません。達成感や快感を感じることができないまま義務だけを果たそうとして、必要以上に仕事や勉強に労力を注ぐので、結果的には余計疲弊してしまい、うつ病を悪化させることが頻繁に見られます。
こうした時に周りの人が「少し手を抜いたら?」と言葉をかけても、自分の義務を果たして存在意義を保とうとしていることを否定された気持ちになって怒り出すことも少なくありません。
このような、何々しないといけないといった言葉に必要以上に執着している方を見かけたら、ひょっとしたらうつ病ではと疑ってみることも必要ではないかと思います。
三つ目は「やめとくわ」です。
遊びや食事の誘いを断る時の言葉です。うつ病は生きるエネルギー全体が失われる病気です。人と交流したり会話をすることもエネルギーを使いますし、うつ病で不安感が非常に高まっていることで、多くの人と会話や交流をすることが怖くなっていることが少なくありません。
こういった方を強引に食事や飲み会などに誘うと、しぶしぶついて来られることも少なくないですが、実際に食事や交流の場に行くと、ほとんど喋れなかったり逆に必要以上に言葉数が多くて、焦っているように見えることがあります。
飲み会の場などでは、弱く誘うと「やめとくわ」と言って断る。ちょっと強引に誘うとしぶしぶついてきたのに、いつもと違うような喋り方や、食事の仕方、飲み方などをしている。こういう場合、ひょっとしたらうつ病を含めた何かの心身の不調があるのではと考えてみることも大切だと思います。
四つ目は「私なんか」です。
この言葉は、うつ病の症状の一つである「微小妄想」という症状を意味しているかもしれません。うつ病では極端に自己評価が低下して、自分自身に価値がないと思い込んでいることが頻繁に見られます。
そもそもうつ病の方は、自分を取り巻く全てのものに対して価値を感じることができなくなることが珍しくありません。このため何をやっても楽しくないし、良かったとも思えない。全てのものに価値を感じられないという見方は、自分自身にも向けられてしまいます。
価値のない世界に住んでいる価値のない自分には、存在意義がない。
そんな思いに常にさらされていることが多く、結果として出てくる言葉が「私なんか」という、必要以上に自分を卑下してしまう言葉だったりします。日本人というのは自分自身を卑下しがちな民族ではありますが、これまでにはなかったほどに自分のことを低く評価してしまう。「私なんか」「自分なんか」という言葉を連発している方を見かけたら、ひょっとしてうつ病かもという見方をしてあげることが必要かもしれません。
五つ目は「私なんかいない方が」です。
この言葉を口にするうつ病の患者さんは、自分自身がいない方が周りも、ひいては世界全体もうまくいくのではないかという思いに取り憑かれてしまっていることが少なくありません。
これはうつ病の重大な症状の一つである「希死念慮」、自分は生きていても仕方がないから死んでしまった方がいいという思いにさらされる症状を表しています。
自分の周りや社会、場合によっては世界全体がうまくいっていないのは、全て自分が悪いせいと思い込む。これは「罪業妄想」と言い、自分は罪深い人間に違いないという思い込みにさらされ、自分自身がいなくなることによって全てが上手くいくと思い、結果的に自殺関連行動に発展してしまいます。
実際には患者さん自身がいなくなったからといって、患者さんの周囲の方々も、社会全体や世界全体もうまくいくわけではないですが、現実をしっかりと色眼鏡なく見られる「現実検討能力」が低下していることも、うつ病ではよく見られる症状です。
こういった思い込みは、治療することで嘘のように消えることも少なくありません。「私なんかいない方が」が口癖になっている方を見かけた時には、是非うつ病を疑っていただきたいと思います。
うつ病に気づいた時にどうすればいいか
①重大な決断は決してしない。
うつ病の症状がある時に人生上の大きな決断をしてしまうと、非常に高い確率で後々後悔をすることになります。極端な決断をしてしまい、結果的に取り返しがつかないような人生上の損失をすることも珍しくありません。
時には、最大の決断である「生きるか死ぬか」という決断もしてしまって、多くの場合に自殺関連行動に結びついてしまうことも少なくありません。
うつ病の症状が見られる場合には、重大な決断は先延ばしにすることが大事です。
➁大切な人に相談する。
うつ病の方は視野が非常に狭くなっていることが多いです。そもそも「現実検討能力」が低下してしまっているのと、ネガティブな側面しか目に入らなくなっているので、自分自身で解決方法を探ろうとしても決していい方法が見つかりません。
うつ病の疑いのある方や側で支えている方も、一人きりで悩むのではなく、しっかりと話を聞いてくれる頼りになる人に勇気を出して相談して下さい。
③精神科か心療内科を受診する。
うつ病は治療によって改善が期待できる病気です。今は到底良くなるように
見えなかったとしても、正しく診断し治療を受けることによって、この病気は必ずいい方向に向かっていきますので、うつ病かなと感じた時には、是非専門医を訪ねて下さい。
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「大丈夫だよ」「しないといけない」「やめとくわ」「私なんか」「私なんかいない方が」
経験上だけど、これらの言葉を呟いたとしても、他人は何も察してくれないです(元も子もないな、おい)
「大丈夫」と言えば、「そっか、大丈夫なのね」と思われるもんだし。
「しないといけない」と言えば、「そうね、仕事だしね」と思われる。
というか、固く信じ込んでいる相手に対して、「無理してるよ!」とか、「いくら仕事だからといっても、身体壊したら意味ないじゃん!」とか言ったとしてもですよ……その分の給与を払ってあげられるわけじゃなし。
ほんと言うと目先の稼ぎよりもしっかり休んで治療するほうが、のちの稼ぎで挽回できることもあるけどね。うつ病みたいに治る病気であれば。
職種によっては、テレワークのパート掛け持ちの方が良かったりする。
精神病の人に、通勤やサービス業、夜勤ありの仕事は厳しいと思うな。
ま、仕事休むのも、減らすのも、病院を受診するのもですねえ。
ぶっちゃけ 【お金 が かかる】 わけですよ(^^;
それとともに、骨折なんかと違って「精神病は目に見えない病気」なので、とにかく理解されにくい。ガンになった人に対して人格否定する人は、まずいないと思うんだけど、精神病の人に対してはけっこういるんだよね。
「うつ病? この忙しい時に? まわりの迷惑考えてる? 休職を延長したい? なに言ってるの? あなたの穴埋めで周りは忙しいんだよ? 申し訳ないと思ってるの? 自分勝手じゃないの? もう辞めてほしいんだけど? 新しい人を入れたほうがいいしね 病気? 自分のことより職場の迷惑のことを考えてよ!」
実際に上司に言われた言葉っす(笑)これでも精神科の病棟マネージャーっすよ。急性期の相手に言う言葉じゃないよなあ。
とはいえ、口には出さなくても、大抵はこんなもんじゃないですかね。精神病に対する周囲の理解って。
渥美ドクターの話しぶりも、それを十分分かってのものだと思うんだよね。ここに書き出した文章よりも語り口調ってのもあるんだけど、とにかくソフトに遠回しな言い方になってるんだよね。つまりは強く訴えたとしても周囲には伝わらない。どころか拒否される。理解されにくい。一時的に分かった素振りを見せたとしても、時間とともに理解は薄れてまた患者バッシングが始まる、その繰り返し。臨床にいれば嫌ってほど経験することなんだよね。私も治療する側と患者側を経験しているから、そう思うんだよね。
そ れ で も。
伝え続けていなければ、社会の精神病者に対する偏見は変わらない。伝え続けることを諦めてしまったら、自〇者の増加を見て見ぬふりをすることになる。それだけは避けたい。そういうことだと思ったな。
うつ病患者が出してるサイン。
なかなか気づけないと思う。ただ少数だとしても、観察眼のある人、察知能力のある人、アンテナの高い人はいる。
そういう人たちって、日ごろから興味をもって知識を得ている人たちなんだよね。知識を土台にして、こころに余裕があるから「気づける」。
自分が精神病であることを「認める」ってこと自体が難しいことだと思う。
社会的に精神病患者を差別することはタブーとされてるけど、現実として差別があるからタブーとされてるわけだ。
地域の健康診断で問診があるやん。あの場で「精神病ってことがバレないためにどうしたらいいか」って話をされた日にゃ、わたしは頭を抱えた(笑)「はあ、この人も医療従事者だけど、偏見ありありですって言ってるようなもんだなあ」と(笑)
まず精神科は他の臓器の病気同様に、脳という臓器の病気だってこと。
精神論でどうこうなる病気じゃないってこと。治療には長い年月がかかるってこと。社会的な理解が必要なこと。
うつ病みたいに治る病気もあるけど、再発を繰り返すうつ病もあること。
双極性障害にもうつ期はあるし、一生治らないって言われてること。
うつ期になる精神病はたくさんあるし、なんなら全てと言ってもいい。
なんせ脳がバグを起こしてるし、バッテリーは劣化してる。
認知機能が低下してるし、ちょっとした心身疲労で起き上がれなくなる。
たったこれっくらいのことが出来なくなる、それも長期間。
そんなメンドクサイ病気、生きる意味ある? って疑ってしまうような病気と「なんとか折り合いをつけて、それでも生き続け、自分なりの幸せを見つけようとしている人」が、精神病患者なんですよ。
病気に気づいてあげられる人。病院に連れていける人(本当の意味での優しさが必要だと思う)。加えて、心身ともに経済的にも、長期的に支える覚悟のある人。こういう人が身近にいないと、病人は追い込まれて詰みます。
自立支援や障害年金もあるにはあるけど、精神障碍者は身体障碍者に比べるととても支援が少ない。生活保護よりずっと少ない。半分くらいだと思う。
ちょっとでも症状が落ち着いたら働いてねってのが前提にあるからね。
一日受診したら五日間眠っていないと回復しないわたしは、どーしたらいいんすか? (^^;
あと、飲み会への誘いってのがあったけど、最近は飲まない人も増えてきたからなあ。わたしもほぼ飲めないクチなので職場の飲み会は参加せず夜勤を希望してたな。その方が行きたい人も助かるし。正月も夜勤してたわ(笑)
気分転換に誘うのも、相手が「劣化したバッテリー」ってことを重々承知して誘う必要があるんだよね。間違っても行列つくって待たなきゃいけない場所には誘わないこと(笑)人の多いとこダメ絶対(笑)
なんせ自分の心身の状態を正しく認識できないから、誘われると「嫌だ」と強く言えないのよね。行くと絶対にバテるし、楽しくなんかないのは分かってるのに、せっかく誘ってくれたからってなぜか従ってしまう。しまうんだけど、やっぱりつまらないし、しんどい。イライラする時もある。しかし、それを相手には言えないしで、帰宅したらゾンビですよ。間違ってもディズニーランドなんかに連れて行かないよーに(笑)
あとは希死念慮だね。これね、SOS出してるんだよ。なにかしら匂わせてるはず。アンテナの高い人なら気づくと思うんだけど、どうだろうねえ。
自分の経験上から話すと、十年以上希死念慮にとりつかれてたけど、SOSは出さなかったな。周りは背中を蹴り飛ばす人ばっかだった(^^;
他人に助けを求めている人がいたら、気づいてあげられるといいね。少なくともSOS出してるんだったら、病院に連れて行ってほしいな。
本当にタヒぬ人は、黙っていくよ。SOSなんか出さずに、さっさと行動しちゃう。他人に助けを求めない。全てに絶望してるからね。
それと、自〇するだけの体力、気力が残ってたってことだろうな。うつ病の回復期に自〇が多いのは、そういうことだと思う。
結局、わたしの場合、元にいじめや毒親があることで「このままタヒんでたまるかよ!」「いつか復讐してやる」って気持ちが強かったってことだろうな(すっとぼけ)。復讐のために自〇することも考えないでもなかったけど、そんなことしても三日もすれば忘れられると分かっていたし。(そんな歌詞の曲がありましたねえ・笑)
死に損なんてするもんかっ! って大概えげつないな。でなきゃ生きて来れなかったしなあ。世界中敵ばっか! 自分を救えるのは自分だけ! 自分がいなくなっても、周りはせいせいしたって笑うだけだろっ! って思ってたのが幸いして? 50すぎまで生き残った感じっすかね(なんの参考にもならんわ)
いやあ。「大切な人に相談する」って項目に、「そんなのいなかったよ」って言いたいだけです、はい(笑)
自分では病気になってると認知できないのだから相談もなにもない。あと、そこに行くまでに人間不信の塊になってたら、相談すること自体が意識から除外されるんだよね。なので、他人に気づかれない限り医療機関に結び付くことはないかも。家族や友人に恵まれることって、人生においてとても重要な部分だね。
うつ病は、医療機関に結び付けられれば、なんとかなる人がわりといる病気だと思う。いいドクターに当たれば、そりゃあとんでもない僥倖で、一番の相談相手であり共同治療者になる。障害年金なんかの手続きもやってくれるから、経済的にも少しは助けられる。ひとりで戦うのとはわけが違う。
ただ、そこに行くまでに何の知識もなく詰んでしまう人もいるんだよね。
それをどうにかして防ぎたいという思いが、この動画に込められていると感じたな。