全てを肯定する人間賛歌『サムのこと』

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アイドル主演のドラマって正直苦手でした。その時の僕の引きが悪かったのもあるでしょうが、初めて深夜にやってたアイドルドラマを見た時ギャグセンスが壊滅的に薄寒い内容になっておりまして、それ以来アイドルが出演しているというだけでそのドラマを見る食指が動かないものでした。

さて、現在になって私はその選択をとても後悔しております。というのも、dTVで配信中の『サムのこと』を見たからです。監督が去年の映画ベスト上位に入る傑作『見えない目撃者』を撮った森淳一さんだから今回見てみました。

原作は西加奈子さんの同名小説です。かつてアイドルグループをやっていた女子たちが仲間の突然の死をきっかけに集まります。しかし、サムのことを思い出す度それぞれが抱える問題が浮かび上がってくる…という内容になっております。主演は乃木坂46の4期生たちでこれが初演技ということです。

まず、今回の作品で一番良かったのは登場人物それぞれの役柄と演じている4期生が見事にハマっていたというところです。森監督の演出によるものが大きいと思いますが、初めて演技をするぎこちなさ、たどたどしさが、仲間の死をきっかけに集まった気まずい空気感の表現につながっているのです。売れなくて解散したアイドルという設定も、現役でアイドルをやっている彼女たちの役作りにおいてかなり大きいと思います。彼女たちがこの役を演じるという必然性と、登場人物たちが実際に生きていると感じさせるリアリティに重みが増しています。

劇中、彼女たちがカメラに向かって我々に語りかけ「第3の壁」を超えてきたりしますが、森監督が描く目線はあくまでも淡々としています。神の視点で、もしくは死んだサムの目線で生きているアリ、キム、モモ、スミの姿を捉えていく。生前、サムは仲間たちが抱える問題に足を踏み入れ、良くも悪くも仲間を掻き回す存在でした。それは未熟さを愛でる存在でもあるアイドルの枠に収まらず「何者か」になろうとしたかったサムの意思によるものではないでしょうか。事実、サムは地球温暖化を防ぐという理由でグループを脱退し、グループは解散してしまいます。解散をきっかけにそれぞれ問題を抱えるアリたちは、未熟さが許される枠から解き放たれ、自分自身の人生を考えざるを得なくなってしまうのです。

僕がこの作品で一番好きだったシーンは終盤、グループのマネージャーがアリたちにある一言を言う場面でした。具体的な内容は伏せますが、アイドルを辞めてそれぞれの人生模様を経験した彼女たちをマネージャーは全て肯定します。良いことも悪いことも全部飲み込み彼女たちの人生を肯定するのです。僕はその瞬間、彼女たちの人生が報われたと、とても救われた気持ちになりました。

最後になりますが、この作品は乃木坂ファンの人はもちろん、僕のようなにわかファンでも楽しめる内容になっています。仲間の死をきっかけにそれぞれの人生を歩み出す通過儀礼のストーリーも普遍的で広く受け入れられるのではないでしょうか。全部含めて80分程度見れますので、とてもおすすめです。

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