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1. それは突然で


電車を見送った。

たまには、素直に甘えようかな。 

ちょっと嫌な事があって。
柄にもなくそんな事を思った。

くるっと向きを変え、駅の出口を目指す。

『伊吹くんに会いたい。会って甘えたい。』

そう思ったんだ。

けど。

そう思ったのが間違いだった。



しばらく歩いて目的地に着いた。

マンションを見上げる。

連絡しないまま来たけど、大丈夫かな?

勢いで訪れた事を少し後悔しつつ、ゆっくりとエレベーターに乗り込む。

2…

うん。
彼氏の部屋に行くだけじゃん。

3…

…連絡なしで。

4…

うーーーん…。

5。

あっという間に扉は開き。

あっという間に503号室の前へ。

私、彼女だし。
いいよね。
連絡なしで来たって。

肩にかかるくらいの髪を、さっと手櫛でとく。

インターホンを押す手が、少し震えた。

ピン…ポン

わー…
押しちゃった…。

ドキドキする。

しばらくして鍵が開く。

一気に緊張する。

カチャっと音がして、ドアが開いた。

「…誰?」
「…誰?」

ほぼ同時に。

「え?あれ?ここ、503号室…ですよね?」
慌てて周りを見渡す。
「そうだけど。」

…じゃあなんで?

見たことないこの男の人、誰?

少し長めの茶色い髪。
背は伊吹くんより少し高い。

あ。友達かな?

「あの…。伊吹くんは…?」
「んー? あー。もしかして彼女?」

少し薄めの唇の。口角が上がる。

その時 『トクン』 と心臓の音が聞こえた。

「あ、はい。一応。」
「…ふーん。あいつ、コンビニ行ってるよ。」

ドアを全開にして固定し、少し近づいてきた。

腕を組み切れ長の目をにこやかに細めて、頭の上から爪先まで、ゆっくりと見られる。

なんだか恥ずかしくなり、早くその場から立ち去りたくて。

「じゃあ私も、あの…」
「ふふ。なに赤くなってんの?」

大きくて骨ばった手が頬に触れる。
少しあったかい。

「コンビニにいって…」
「可愛いね。オレの好きなタイプ。」

…きますって言いたかったのに。

私のその言葉は。

躊躇なく迫ってきた唇に塞がれてしまった。



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