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むかしむかし、病気になった〜②吉祥寺ローストビーフ丼の恨み。

相変わらず病気と生理の話ばかりです。あと、ロキソニンすごいっていう個人の感想。


子宮内膜症と診断され、低用量ピルを使った治療が開始された。3週服薬し、1週の休薬期間を取るタイプのピル。

その頃、生理中は、家の常備薬だったバファリンでは効かないレベルの痛みがあった。動けないほどではないが、十分生活に差し障ってはいたので、この痛みがなくなればどんなにいいことかと期待して、服薬を始めた。

そして、薬を飲めば病気は治ったも同然と、楽観的がすぎる私は、旅行の計画を立て始める。生理の心配をしなくていい旅行の気楽さったら、ありゃしない。

行き先は、田舎者憧れの東京。
身内の家を宿に、母と2人、2泊(2夜行)3日の旅行である。

楽しかった。
楽しかったけど、都会は歩く。田舎よりはるかに歩く。
徒歩5分は車を出す田舎。一方、駅に行くまでに、電車から電車に乗り換えるまでに、地下から地上に出るまでに、10分は余裕で歩く東京。

田舎者はひ弱だった。

ひ弱な田舎者、歩き疲れがあったのかもしれない。
不調は突然やってきた。
起き上がれないほどの腹痛に襲われたのは、3日目の朝のこと。ピルの休薬期間に入って2日目だった。

なんで!? なんで、こんなに痛いん!?
目覚めと共にやってきた衝撃波のような痛みに、まどろむ時間などなかった。

出血はない。ただただ、めちゃくちゃ痛い。お腹がズキズキ、ギュンギュン、ドンドンする。これほど酷い生理痛は初めてだった。生理は止めてるのに、これを生理痛と言うのだろうか。

生理痛は、絵の具のチューブの最後の方みたいに、子宮から子宮内膜をこそぎ絞り出すようなイメージと聞いたことがある。本当か知らんが、そりゃ痛いわ。
でも、この痛みはなんだ。生理を止めているはずの私のこの痛みは、どういう理屈で起きてんだ。理屈が分からないから、終わりが見えない。
腹の中を、ぐちゃぐちゃに掻き回されている感じがして気持ち悪い。

やっとの思いで、立ち上がって顔を洗い、持っていたバファリンを飲む。それ以上は何もできず、ゴメン寝状態でうずくまる。

東京旅行最終日の今日は、吉祥寺に行く予定だった。
吉祥寺で、ローストビーフ丼を食べる予定だった。
ピンク色のツヤツヤとした薄切り肉が、米を覆い隠すように幾重にも重なる高級感あふれる魅惑のローストビーフ丼。
それがなんと、1000円という手頃な価格で楽しめるらしい。

行くしかなかった。
行くしかなかったのに……。
腹が痛くてたまらない。
バファリンが一向に効いてくれない。

心配と配慮はしてくれるが、遠慮はしないタイプのうちの母。
もう子どもじゃないんだから当然だが、一緒に行くか、留守番するか選べと言う。
この腹痛で悶え苦しむ最中に、あまりに酷な選択。
だって、大都会ひとりぼっちで悶え苦しみながら、勝手も分からない人の家で留守番とか、嫌すぎるじゃん!!!

「い、いきます……っ」

そうして向かった吉祥寺。案の定、おばあちゃんみたいな前傾姿勢で、おばあちゃんみたいなスピードで歩くのが精一杯。
だが、家の周りを散歩するおばあちゃんと違って、ここは東京。土地勘なんてさっぱりなく、自分が今どの通りにいるか分からなくなる、吉祥寺の商店街。必死に母についていく。

腹を抑えて歩く私は、まるで切腹の途中で逃げ出した武士か。

そんな私をさておいて、母たちは吉祥寺の商店街でショッピングを楽しんでいた。
どの店も、田舎に比べれば小さな店舗だが、切腹の途中で逃げ出した私に歩き回る気力などなく、店先でしゃがみこんでいた。
「もう帰りたいよ」と、駄々をこねる子どものようにふてた顔で、「気持ち悪っ」と、今にも吐きそうな酔っぱらいみたいな顔をして、座り込む。

決して、営業妨害ではない。
ただただ、痛みに耐えていただけなんです。ごめんなさい。

店を出て、隣の店に入る母。
隣の店の前まで、そろそろと移動し、しゃがみこむ私。
痛みを消すには、意識を飛ばすしか解決策はないので、何も考えず、見ず、聞かず、一切の感覚を無に近づける。それでも、母が店を移動するのには、敏感に察知してついて行く。そして、すぐさましゃがみこむ。

どのくらい経っただろうか。
あまりに回復しない私を憐れんだ母は、ドラッグストアでロキソニンを買い、チェーンのうどん屋さんに連れてってくれた。

300円もしないかけうどんと、ロキソニンのランチが目の前に並ぶ。
1000円のローストビーフ丼のランチのはずだったのに。
見れば、母もランチをうどんで済ませるようだった。
あんなに楽しみにしていたローストビーフ丼。
トロッとして、肉肉しくて、幸せの塊みたいなローストビーフ。
それが、ツルツルの白い小麦麺に。
1000円が300円。ローストビーフどんが、うどん。
値段ばかりか文字数までもが3分の1。
もう泣きたい。

一口、うどんをすする。
温かさが身体中に染み渡っていく。お腹が痛くても、ホッとしてしまうお出汁の味。ツルツルと入っていく麺。
……おいしい。
私の体に入れるべきは、ローストビーフ丼ではなく、うどんだった。

30分後、薬が効いた私は、初めて飲んだロキソニンの威力に驚嘆しながら、吉祥寺を歩き回った。しかし、お腹にローストビーフ丼が入る余裕はなく、ランチの時間もすぎ、帰りのバスの時間になった。

そして。
ローストビーフ丼ランチ1000円のお店は、私たちが田舎に戻ってしばらくして閉店し、吉祥寺のローストビーフ丼は幻と消えたのだった。

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