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桜の絨毯

 年度末のせいか、色々な人の異動や卒業、退職・転職の話をよく耳にする。

 みんな色々な体験をして、また決断をしているのだなとしみじみ感じる。
 週に1度くらい会う人でも、自分と会う時以外になにを感じ、なにを考えているのかは意外とわからない。

 だから、こうして節目節目で結果として現れてくると、「ああ、そうなんだ」となんとも言えない気分になる。
 それぞれがそれぞれの人生を生きていて、決断しようがしまいが、淡々と時間は過ぎていく。

 僕はそれを他人事のように捉えている。

春の桜

 春といえば、なんといっても桜だろう。
 季節柄、卒業や入学というイメージと結びついていく。

 だけど、どうにも僕の中では桜とそれらの言葉が結びついていない。
 そもそも、実家の近くにも桜並木があり、その風景を見て育ってきたはずなのに、桜に対する印象が薄い。今でも「花見をしよう」と言われても心が揺さぶられないのだ。(美味しい食べ物には反応する)

 なんでだろう? とこれまでも考えたことがあるけれど、答えは出なかった。

 それが今日ふと近所の川を覗いてみたら、桜色に染まっていた。その風景を見て純粋に美しいと思った。
 電車の時間は迫っていたけれど、思わず立ち止まってしばらく見入ってしまった。

 100枚くらいでは全然感動はしなかっただろう。

 だけど、掌に簡単に収まってしまう花びらがこれだけ集まると、こんなにも美しいのかとびっくりした。

 きっと、下流へ流れていくうちにそれぞれ分かれて生き、この桜の絨毯もほつれてなくなってしまうのだろう。
 天高くから見たら、人間も同じようなものかもしれない。微小なものが流れながら集まって、分かれていく。

 そう考えてみると、なんだか桜に親近感を懐いた。

 来年からはもう少し桜に寄り添える気がした。でも、桜と聞いて僕が思い浮かべるのは木に咲いた花びらではなくて、この川の風景だろう。

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