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ショート・ショート 茂くん

旧友の越し方聞くや秋深し

ひろしは高校3年になると本格的に受験勉強を始めました。でも他に何もしなかった訳ではありません。男友達5人くらいで交換日記をやり始めました。男同士で交換日記かと気持ち悪く感じる人もいるかも知れませんが、日頃思っていることを書くだけ、それはそれで彼らにとっては受験勉強の息抜きになっていたのでした。その仲間の一人が茂でした。特に変わったところもなく、強いて言えば自分は大人だとカッコつけ気味だったのかも知れません。人生を斜に構えて見ているところ自体カッコつけている感じもありました。

そんな茂が急に学校を休むようになったのです。担任の先生が家に連絡すると親は「学校に行っているはずですよ」と言うのです。次の日も次の日も学校に現れません。親は今度は「茂には言ったんですが、いくら言っても親の言うことなど聞かないのです。」と言うばかりでそれ以上何の進展もありませんでした。担任の先生はと言えば自分で行けばいいものを「仲のいい友人の方が本音を言ってくれるだろう」とひろしに様子を見に行かせます。ひろしはそれまで茂の家に行ったことはありませんでした。住所をたよりに行ってみると家は電車が通る度に家が揺れて壊れてしまうのではないかと心配になるほど建て付けの悪いボロ家でした。玄関で声をかけると茂本人が顔を出しました。いったん家に上がったものの彼は部屋の中を通り過ぎて縁側から庭に下りました。庭というほどのスペースもなく、そこには手作りの掘っ立て小屋があり、母屋との間にすのこで敷いてありました。ひろしがついて行くと中には机と椅子の他に寝床まであって、茂はそこで家族と別の生活をしているようでした。

茂が夜のバイトをしていることは交換日記で知っていたのですが、そのバイト先のお店に努めている女性と仲良くなり、すっかり学校へ行く気をなくしているのです。茂の母親も昼夜働いているので息子がいつ帰って来ていついなくなるのか良く知らないようでした。ひろしが「やっぱり高校くらい卒業した方がいいよ」と言っても、茂は「夜の世界で生きて行くんだから学校なんて卒業しなくたっていい」と全く聞く耳を持ちません。結局その日は平行線のままで終わりました。

そうしているうちに数ヶ月経ち、母親が学校に呼ばれ「このままでは卒業に必要な日数が足りなくなる。卒業は無理だ。」と言い渡されます。ひろしは担任からその話を聞くと茂と連絡を取ってみることにしました。「とにかく卒業だけはしようぜ」と前と同じことを繰り返しました。しかし今回は茂の反応が少し違っていました。水商売の生活に飽きたのか、そこに住む人たちの実態がだんだんわかって来たのかは理由はよく分かりませんが、とにかく今回は素直に「そうだな」と大人しく話を聞くのです。そしてしばらくすると茂がうつむき加減で恥ずかしそうにして学校に現れました。その頃には既に必要日数は不足していましたが、担任が彼だけの特別授業を手配してくれて何とか卒業だけは出来ることになりました。しかし、本人が卒業式に顔を見せることはありませんでした。

それから20年以上経ったでしょうか。ひろしは卒業後は茂と連絡を取り合うこともなく、気にかけてはいたものの同窓会にも現れない彼のことをほとんど忘れかけていました。ひろしは結婚し子供も小学校に上がる年になっていました。久しぶりに高校の近くで開かれた同窓会で茂のことが話題となると交換日記仲間だった石田君が「そうそうこの前、茂がうちの会社に家を探しに来た。」と言うのです。石田君は親の仕事を引き継ぎ、地元で不動産屋をやっていました。「一瞬、茂だと分からなかったけど、奥さんらしい人と二人でやって来てマンションを借りたいと言うんだ。なんでも奥さんとは若い頃からの腐れ縁で二浪したけど大学にも行き、今はちゃんとサラリーマンをやっているらしいよ。」

ひろしは石田君に「それってあの時の彼女じゃないの?」と思わず聞いてしまいました。「そうだよ!間違いないよ!」石田君は深くは聞かなかったと言っていましたが、ひろしは彼の答を聞く前にそう確信しました。

きっとあの時の彼女がその後、茂の面倒を見て大学に行かせたんだ。あの時、高校に戻ったのだって多分彼女が茂を説得したに違いない。ひろしは同窓会の帰り道一人で歩きながら、そんなことを考えていました。

旧友の越し方聞くや都鳥





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