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自分のルーツを知りたくて

私には「はは」と呼べる人が3人いる。
生みの「母」、育ての「母」、そして「義母」
生みの母はご健在で、1年に1度、連絡がくる。
育ての母は他界しており、私に影響を及ぼした人。
義母はかれこれ25年の付き合いになる、「はは」と呼べる人のなかでは
一番身近な人。

私自身が母親になり、年齢を重ね、自分について考えた時に、私自身の自己一致のためにもははと母とハハの存在は大きかった。
私が一番頼りたい時には居なかったけど。


生みの「母」は私が小学3年生までは一緒に居たように思う。
「思う」と表記したのには理由があって。
私は、母の記憶がほとんどない。
父が母と離婚したと聞いた時に
「お父さんのばか」
と言って大泣きしたことは覚えている。
子供にとって両親の離婚は相当なダメージだったから。
それから、ホッとしたのも覚えている。
私は母から逃れたかったのかもしれない。

記憶がなかったことで、特に不便もなかったけれど、大人になって一度だけ、精神科を受診したことがある。
一過性の部分的な記憶喪失、と言われた。思い出すことでストレスがかかってしまう可能性があるために、記憶がなくても不便がないのであれば、このまま思い出さないままでもいいのではないか、と。
確かに。

「記憶」
というのは、曖昧なもので、
「忘れる」
こともあるし、美化して
「残っている」
ものもあると思う。
そして、自分の中に、奥底に、どこかにあるもので、それが、ふとした瞬間に蘇ってくることもありえる。

『生みの母親』キョウコさん(仮)については、本当にうっすらとした記憶しかないし、離婚したことを責めてしまったので、父にも聞きづらかったが、一度だけ
「なんで離婚したの」
と、聞いたことがある。
父は視線を外し、
「キラが、学校行く時に、膝のところに穴があいたズボンを履いていたんだよ。『穴、あいてるぞ』って声かけたら、母親のことをチラッと見て、小さい声で『学校行って座ったら見えないから・・・』って言ったんだ。この、小さな、大事な娘にこんなにも気を遣わせている母親に腹が立ってな、『キラのズボンに穴あいてるぞ』って言ったらな、『穴、あいてるズボンなんて履かないで』って、キラを怒鳴ったんだ。うん、それがきっかけかな。そこから色んなことが、見えて。』
と、言ったきり、口を閉ざしてしまった父。
その時は「ふーん」としか思わなかったし、おそらく
「ふーん」
と、父にも言ったと思う。
ふわっと脳裏に、キョウコさんの存在感、みたいな、家に一緒にいたときの、その時の窮屈感のようなものを思い出し、胸がぎゅっとした。

キョウコさんに会おうと思ったのは、学生を卒業して、同じ職業を選んだことがきっかけだったと思う。どうりで父が反対をしていたわけだ。
探そうと思った。父には言わず、育ての母親にも言わなかった。
うっすらとある記憶の中から、気になっていた場所があって、きっとそこに何か、きっかけとなることがあるだろう、と思い、素知らぬ顔で父に
「気になってる場所があるんだけど。」
と、場所の特徴を伝え、私自身がいったことがあるか、と聞いた。
「よく覚えてるな」
と、びっくりしていたが、小さい頃に行ったことがある、おばあちゃんの家の裏庭を抜けたところにある神社だな、と教えてくれた。
この、きっかけさえあれば、あとは簡単だった。

調べた神社に向かって車を走らせていると、見たことのある風景ばかりで、一瞬めまいがした。パーキングに車を止めて、深呼吸をする。
デジャヴというの?
記憶の奥底にある思い出のようなものが襲ってくる感じがあって、心がざわざわする。もう一度深呼吸をして、目的地に向かう。
途中、八百屋さんによって、ちょっと高い果物の詰め合わせを買って、聞いてみた。親切な八百屋のおばさまは
『木村さん?ああ、今は伊東さんが住んでるわよ、ほら、娘さん。木村さんも亡くなって何年経つかしらね。お知り合いなの?』
きっと、見たこともない人が買いに気たので興味津々だったのだと思う。
ここぞとばかりに、情報を伝える代わりに、私の素性を知りたがった。
『伊東さん・・・に昔、お世話になって・・・』
と、答えると
『そうなのね!伊東さんのところ、書道の先生だしね!』
その他にも色々と早口で聞いてもいない情報をたくさん話してくれた。

木村、というのはキョウコさんの旧姓。そして伊東さんというのは、おそらくキョウコさんの妹、私の伯母にあたる人だと思う。
私は今からおばあちゃんの家に向かう。
記憶もないのに、迷わず道を進み、
(この家だ)
と、思った。裏庭を抜けたところの神社を見るまでもなく、ここだ、と確信している自分がいた。

インターホンを、押し、自分の名前を名乗った。
ドアが勢いよく開き、顔を出した女の人はみるみる泣き顔になり、
『よく、来たね』
と、そう言って中に招き入れてくれた。
ふわっと香る懐かしいおばあちゃんの家の匂い、お仏壇の匂い、それらが私の記憶の引き出しを開いた。けれど、ほんの一部だった。
おばさんのよしこさん(仮)の名前はすぐに思い出せたけど、おばあちゃんが入院している時にお見舞いに行った話や、お葬式の時におじいちゃんに追い出された話は全く覚えていなかった。
よしこさんは時々涙ぐみながら思い出話をしてくれ、
『もう二度と会えないかと思っていた』
と、何度も口にした。
私はキョウコさんに連絡を取りたいことを伝え、自分の連絡先を書いたメモをよしこさんに渡した。
覚えてもいなかったが、いとこたちとの再会も果たし、伊東家を後にした。

それから、キョウコさんから連絡が来たのは2年もあとのことだった。


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