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甘え方がわからない私は開き直ってみた

自宅を飛び出した私は自転車であてもなく走っていた。
ただ、ひたすら真っすぐに走って、走って、見たことのない景色に辿り着いた。急に不安が襲ってくる。
自分の鼓動が聞こえる。
ふと、顔を上げて周りを見渡してみると、遠くに水平線が見えた。
大きく深呼吸をすると、かすかに潮のような香りがする。

一体私は何に傷ついているのだろうか。

たしかに、母の言うこともわからなくもない。
私は義理姉のように成績がいいわけでもないし、ピアノが弾けることもない。私にお金をかけるくらいなら、義理姉にかけたいだろうと思う。

ここで、ふと思った。
90%もわからない、ということは、残りの10%は自分のものだ。
ともすると、義理姉は完全に継母の支配下に居るが、私は違う。
私には10%の自由がある。
自由があるんだ。

我ながらどういう思考回路を持っているのかは不思議だけれど、このときは
本当に、そう、思った。
そう思えると、不思議なことに、視界が広がって見えた。
空を見上げる余裕も出てきた。
涙はすっかり引いていた。
どこかで目にしたことのある文章で印象的だったのは

『人間は泣き続けることは出来ない。せいぜい4〜5分程度だ』

たしかに。
今、私は泣き続けてはいない。
家を飛び出したときは、泣いていたはずだけれど、ずっとは泣いていない。
そして、自分の自由に気がついた。
これから先も同じようなことがあるだろう。だけど、私には自由がある。
高校を卒業したら、一人暮らしをしよう。
20歳になったら、自分一人の戸籍を作ろう。
将来のビジョンを考えながら、家に向かって軽やかに自転車を漕ぐ。
家に帰ることが憂鬱だったけど。

自宅近くまで来たところで、呼吸を整えるために自転車から降りた。
大きい家が私にのしかかってくるように見えた。

中学生の私は、自分を守るために、自分を偽ることを、決めた。
高校を卒業するまで。
あと3年間は、物わかりの良い子供を演じよう。
とりあえず、受験勉強と言って部屋に籠もろう。

玄関から、飛び出してくるえいこさんが見えた。
家の前に居る私に気がつく。
怒り?悲しみ?
どんな感情かはわからないが、大きな声で
『どこに行ってたの!』
と、怒鳴られた。全身が震えているように見えた。
視界の端に、父の車が見えた。ああ、父が帰っているんだ。
だからか。
パフォーマンス、ね。
だったら、私も。

『ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・』
そう大きな声で言って泣いてみた。
家の中から血相を変えて父が飛び出してきた。
『帰ってきた・・・良かった・・・』
父の安堵した表情を見ながら、私は醒めていく。醒めていく自分の感情を自覚しながら、自分を偽ることが間違いではないと思った。
『お腹すいたろう。お母さんが御飯作ってくれたから、一緒に食べよう』
父に背中を押され、リビングに入っていく。
テーブルの上には食べかけの食事。
みこちゃんはちらっとこっちを見たが、黙々と食事をしている。
期待をしているつもりもなかったが、やっぱりね、と思った。
別に待ってて欲しかったわけではないけど、家を飛び出した私を追いかけてくることもせずに、食事を作って、帰ってくるのもわからない私を待たずにご飯を食べ始めていたこと。
そりゃそうだよね。
家族、が、ずっと遠く感じた。
『いただきます』
小さい声で言ってご飯を食べようとした時
『へー、よくご飯食べられるね』
と、半ば軽蔑したような囁きが聞こえた。
『みこっ!』
と、慌ててえいこさんが窘めたが
『ふんっ』
と、そっぽを向いて自分の部屋に入ってしまった。

もう、私は傷つかない。
傷つかないように、自己防衛をする。
大丈夫、大丈夫。

その日から、部屋に籠もることが増えた。
家族が寝てしまってから、お風呂に入ったり、飲み物を取りにキッチンに行ったりしていた。なるべく顔を合わせないように静かに過ごした。
唯一、オールナイトニッポンを聞いているときだけが、自分に戻れる時間だった。

そんな日常を過ごしながら、高校に入学した。
制服合わせの時に、他にも諸々支払いがあったのだが
『なんでこんなに高いの!あんたのために、こんなに払うの!』
と、やや興奮気味に叫んでいた。
そんなえいこさんを醒めた目でみていた私だったが、
現金で何十万と支払っている継母の姿を見た時に、少し、感情が揺れた。
なんだかんだ言いながら、文句ばっかり言いながら、私のためにお金を払ってくれている。
もしかしたら、普通のことなのかもしれないけれど、その時の私は
「ありがとう」
と、素直に思えた。そして
(あと3年だけ、スネをかじらせてね)
とも、ココロの中でつぶやいた。

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