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【小説】神様に人の不幸を願ったら、運命の相手を紹介されました

「おっ?」

会場へ向かう途中、神社を見つけて足が止まる。
そのままなにかに導かれるように、境内へと足を踏み入れた。

賽銭箱の前に立ち、縁起が悪いとかいう噂のある十円玉をあえて入れる。
柏手を打って手を合わせ、目を閉じた。

「お願いは、と」

……アイツらに、史上最大の不幸が訪れますように。

なんてお願いできる度胸があれば、きっとこんなことにはなっていないわけで。
でも、幸せを祈る気にもなれないのでせめて、今日、バージンロードを歩いてくるアイツらの前を黒猫が横切りますように。

今日は元友人と、元彼の結婚式だ。

……ええ、お察しの通り、友人だと思っていた彼女に、彼を寝取られたんですよ。
なのに。

阿澄あすみはー、一番の友達だから、来てくれるよね?』

なーんて厚顔無恥にも招待状を渡された。
なんだかんだ理由をつけて断ればいいのはわかっていた。
でもそれができないのが私なわけで。
結局、曖昧な笑みを浮かべて受け取り、行きたくない、行きたくない、いっそ、大雪でも降って交通機関が止まればいいと青空を呪いながら会場へ向かっている。

「よしっ、今後の運試し」

傍らのボックスに百円を入れ、引き出しを開く。
そこからおみくじをひとつ、選び出した。
開きかけたものの、止まる。
これで大凶だなんて自分の運勢を再確認させられたら、立ち直れない。
結局、そのまま財布にしまっておいた。

チャペルで永遠の愛を誓い、誓いのキスで喜びの涙を流す花嫁を、醒めた目で見ていた。
本来なら、私があそこに立っていたはずなのだ。
なのになんで私は招待客の席で、笑顔を貼り付けて座っているのだろう。

……ほんと、とんだ茶番だな。

腕を組んでふたりが退場していく。
神様は私のささやかな願いすら叶えてくれないらしく、黒猫は現れなかった。
残念。

ブーケトスはなく、――代わりに。

「これ。
一番の親友の阿澄にあげる。
幸せのお裾分け」

勝ち誇った顔で花嫁からブーケを渡された瞬間、……なにかが、折れた。

「……私は」

止まれ、口。
そんなことを今更言って、なにになると言うんだ。
でも一度、開かれた口は止まらない。

「本当に、彼のことを愛していた。
本当に愛していたの。
あなたたちを責めなかったのはただ私に意気地がなかったから。
私にだって、人間の心があるんだよ?
なんでも笑って許してくれる、都合のいいお人形じゃないの」

「……」

淡々と私が話し、シーンと周囲は水を打ったかのように静かになった。

「……え、花嫁って花婿を寝取ったのか?」

「……うわっ、最悪!」

こそこそと話す声が聞こえてきて、しまったと思う。
今日は一日、笑顔をキープしてしのぐつもりだったのに。
でも、私の彼氏と平気で関係を持ったのに一番の親友だと言われ、私から幸せを奪ったのに幸せのお裾分けだと言われて、私の限界が初めて、振り切れた。

「……つけあがらないで」

小さな声で呟やいた彼女が、ドレスをきつく掴んだ手は小さく震えていた。

「せっかく私が、優しくしてやってるのに!」

きっ、と上がった彼女の顔は、怒りと羞恥からかバージンロード並みに真っ赤に染まっている。

「彼氏と別れてあなたがひとり淋しいだろうって、わざわざ招待してあげて、幸せをわけてあげようって私の優しさが、わかんないの!?」

彼女が思いっきり私を押す。
受け身も取れずバランスを崩し、空が見えた。
が、いつまでたっても身体は地面に着かない。

「……え」

そのまま体勢が立て直され、私が立ったことを確認して支えていた手が離れた。
振り返ると、長身銀縁眼鏡の若い男が立っている。

「人がこんなに優しくしてあげたのにこんな仕打ち、酷い!」

周囲は完全に、微妙な空気になっている。
酷いのはどっちなんだろう。

……まあでも、式を台無しにした私の方が酷いか。

「あー……」

とうとう、花嫁はしくしくと泣き……真似をはじめた。
せっかくの日をぶち壊したのには若干、心が痛まなくもない。
やっぱり仮病を使ってでも欠席すればよかったなんて後悔をはじめていたら、誰かが私の手を引っ張った。

「来い」

手から辿った先にあった顔は先ほどの男だった。

「ここは君がいるべき場所じゃない。
来い」

さらに手を引っ張られ、それに従う。
たとえ連れていかれた先で非難が待っていたとしても、ここを去る口実が欲しかった。
手を引かれて歩きながらちらりと振り返る。
そこでは花婿が花嫁を慰めていた。
でもそれを見ても、もうなにも思わなかった。

会場の敷地を出ても、男は手を離さない。
近くの公園で私をベンチに座らせ、ようやく離してくれた。

「待ってろ」

男は私を残し、どこかへ去っていく。
空はどこまでも青く、なんで私ひとりがこんなに不幸なのだと憎くなってくる。

「ほら」

不意に目の前に、ペットボトルが現れた。
さっきの男が、私へ差しだしている。

「……ありがとう、ござい、マス」

私がそれを受け取ったら男は隣へ座り、缶コーヒーを開けた。

「災難、だったな」

「……え?」

思わず、男へ視線を向ける。
だって、非難されるとばかり思っていたから。

「さっきのあれで、だいたいの事情はわかる。
大方、友人だと思っていた花嫁に花婿を寝取られた、ってとこだろ」

ふふっ、と小さく笑い、彼はコーヒーをぐいっと飲んだ。

「……ハイ、ソウデス」

「それでよく、あそこまで我慢していたな。
偉い、偉い」

彼が子供をあやすように、私のあたまを柔らかくくしゃくしゃと撫でる。
その優しい手で、唐突に涙がぽろりと転がり落ちた。
彼に別れを告げられても、泣けなかったのに。

「えっ、あっ」

泣いているのを見られたくなくて、慌てて涙を拭う。
けれどそれは、一向に止まる気配がない。

「うっ、ふぇっ」

私が泣いている間、彼は黙ってコーヒーを飲んでいた。
隣に、誰かいてくれる。
ひとりじゃ、ない。
それが心地よくて、安心できて、涙はいつのまにか止まっていた。

「……その。
ありがとう、ございます」

最後にすん、と鼻を啜り、泣き腫らした目で彼を見上げる。
レンズ越しに目のあった彼は目尻を下げ、ふんわりと笑った。
その顔に。

――心臓が一度、とくんと甘く鼓動した。

「いや、いい」

私のあたまを軽くぽんぽんし、彼が立ち上がる。

「彼女たちのことは酒でも飲んで、もう忘れろ」

「そう、します」

「じゃあ」

手を振りながら去っていく彼の背中へ、深々とあたまを下げた。
見えなくなってペットボトルを開け、泣いて渇いた喉へ紅茶を流し込む。

「空が、青いな」

けれどもう、さっきのような憎さはない。
私のつらい気持ちを全部、吸い取ってくれた気がした。

帰りにコンビニへ寄り、缶酎ハイとつまみを買う。
お金を払おうとして、今朝引いたおみくじを見つけた。

「えっと。
なになに」

家に着いて、おみくじを開いて見る。
あの彼のおかげで大凶でも耐えられそうなほど、メンタルは回復していた。

「大吉!
やった!」

これでいままでの不幸は帳消し? なんて嬉しいのに、さらに。

「恋愛、運命の人あらわれる。
縁談、良縁、すぐにまとめよ。
待ち人、すぐに来る。
……って」

これって運命の人にはすぐに会えるから、その人とさっさと結婚しろってことですかね……?

「すぐって、いつよ?」

ぱたんと後ろ向きに倒れ、思い浮かんできたのはあの、彼の顔。

「いやいや」

でも、このおみくじを引いてすぐあとに会った、該当するような人間は彼しかいない。
もし彼が本当に運命の人だったら……。

「ありだ」

あの場で、私のために動いてくれたのは彼だけだった。
それに私が泣きだしても変に慰めたりせず、ただ隣に黙って座っていてくれた。
ああいう気遣いは、嬉しい。

「うん、そうだよ、きっとそ……」

一気に有頂天になりかけたところで重大な失敗に気づき、一気に気持ちは沈んでいく。

「連絡先も、名前すら聞いてない……」

はぁーっ、とため息をつき、缶酎ハイを開ける。
いくら運命の彼に出会っていたとしても、どこの誰だかわからなければ発展しようがない。

「詰んだ。
詰んだな……」

ぐびぐびと一気に酎ハイを呷り、はーっと酒臭い息を吐く。

「神様の意地悪……」

これはやはり、神様に人の不幸を願ってしまったせいなんだろうか……。

過ぎたことを悔やんでも仕方ないので、彼のことは忘れることにした。
それでもあのおみくじはなんか気に入って、お守り代わりに財布に入れている。

――そしてその日。

「こんにちは。
森光もりみつ商事』の……」

「は……い?」

来客の応対に出た時点で、互いに固まる。
だって相手は、――あの、彼だったんだから。

「あ、えっと。
森光商事の杉岡すぎおかと申します。
山路やまじ様はいらっしゃいますでしょうか」

「……はい。
少々お待ちください」

一瞬、見つめあったあと、我に返るのは彼の方が早かった。
私も何事もなかったかのように山路さんを呼び、奥へと引っ込む。

……え、なんで。

財布の中から礼のおみくじを取り出し、改めて読む。

【恋愛 運命の人あらわれる】

「運命、運命……」

また、こうやって会えるなんて、これこそ運命と呼ばずになんと呼ぶ!?

「ありがとう、神様!」

あれだけディスっといた癖に、神様に感謝した。

そわそわとしながら、応接室のドアが開くのを待つ。

「本日はありがとうございました」

しばらくして出てきて、エレベーターホールへと向かう彼を追った。

「あ、あの!」

「はい」

私の声で、彼が振り向く。

……大丈夫、きっと神様だって応援してくれている。

「この間はありがとうございました」

「元気になったみたいでよかった」

眼鏡の下で目尻を下げ、彼がふわりと笑う。
やはりあの日と同じで、その笑顔に心臓がとくんと甘く鼓動した。

……彼が私の、運命の人だ。

小さく深呼吸し、思い切って口を開いた。

「その、お礼に食事に行きませんか?」

――これは、最悪な元友人と元彼に、私がちょっぴりだけ感謝するようになるまでのお話。

【終】

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