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エッセイの書き方を知らない【第四回】ライブハウスの彼女を知らない

 僕は大学生に上がると同時にあるバンドに恋をした。キドリキドリ(Kidori Kidori)というバンドだ。
 名前が村上春樹の著作「ねじまき鳥クロニクル」から取られたこのバンドは、カッコのよろしいギターリフの上にひねくれた歌詞が乗っかる、イギリスっぽいギターロックバンド(だった)。サブスクでは聴けないが1stアルバムは最高のアルバムで、捨て曲無しと言っても過言では無い。自分は未だに聴きかえすことがある。

 2011年の7月にその1stが出た。その1stのリリースツアーで地元にやって来る事を知った僕は、迷わずチケットを取った。今まであまり小規模なライブハウスに行ったことの無かった俺は若干の不安を抱えていたが、なんとかなるだろうと楽観的で、実際行ってみると何とかなったのだが、対バン特有の「今日はどのバンドを聴きに来ましたか?」という質問に面食らってしまい「キ、キドリキドリです、フヒヒ」といった感じの挙動不審な返答をライブハウス入口でしてしまった事をよく覚えている。
 ライブは最高だった。出したばかりの1stの曲を満遍なく演奏し、アンコールもしっかりとやってカッコよく終えてくれた。観客もまばらだったので、最前近くでたっぷり見ることが出来て、とても素晴らしい体験だった。
 少し余韻に浸ってボーっと撤収されるステージ上を眺めていたその時。急に後ろから肩を叩かれた。思わず振り返ると、そこにはキドリキドリのバンドTシャツを着た、小柄な女性がいた。
「あの、キドリキドリ見に来られたんですか?」
 最初、彼女はスタッフか何かなのだと思っていた。
「そうです、Youtubeで見てカッコいいなって思って……」
「やっぱり。ドット柄の服着てるから何となくそうかなって」
 このバンドは当初、ドット柄の服をステージ衣装にしていた。なので僕もちょっと真似してドット柄のシャツを着てきたのだ。
「お姉さんは何見に来たんですか?」
「もちろんキドリキドリですよ! 東京から来たんです!」
 彼女はスタッフでは無かった。話を聞くと、下北だったか新宿だったかの対バンでキドリキドリを見て大層気に入ったそうで、当時キドリキドリが中心的に活動していた大阪はもちろん、彼女の地元、東京でのライブもほぼ欠かさず行っているらしい。確かによく見れば彼女は短めの髪を後ろで一つにまとめていて、化粧も薄め。フットワーク軽く動く人らしい格好である。
 僕はライブを見終えた高揚感と見知らぬ女性に話しかけられたという嬉しさでヘラヘラと色々喋った。彼女は僕と同い年だという事が分かり、一層親近感が強くなる。そうして話していると、彼女は物販を見たいと言い始めたので、僕もついていく。

 インディーズバンドの物販は、売り子をメンバーが担当する事が多い。そのため直接バンドメンバーと話すことが出来る、ファンにとっては嬉しい機会である。物販ではベースとドラムが並んで販売担当をしていたのだが、今日は客数が少なかったので、とても暇そうにしていた。
「ンヌゥさん、川元さん~!」
 と言って、ベースとドラムに仲良さげに話しかける彼女。
「アヤちゃん来てくれたんや~!」
 とこれまた彼女と仲良く話す2人。緊張していた僕は彼女の隣でぎこちない笑みを浮かべながらその会話を聞いていた。やはり彼女は大分ライブに行っているだけあって、かなりの顔なじみと言った感じだ。
「この人、今日初めて聞きに来てくれたんですよ!」
 突然俺に話が振られた。視線が一気にこちらへと向けられる。僕は先ほどより、口角を気持ち高めに上げ「そうなんです」と答える。
 それを聞いたベースとドラムの2人は「おおーっ」と感嘆の声を上げると、ドラムの川元さんが俺の手を取り「ありがとうございます!」と僕の目を見ながら言ってくれた。僕は「カッコいい音楽をありがとうございます」だかなんだか、テンパって訳の分からない事を言ってた記憶しかない。そしてライブTを買い、おまけのステッカーを山ほど貰った。そしてその後も少し喋ったのだが、ベースのンヌゥさんに「お兄さんもドットだから仲間ですね」見たいな事を言われて「そうですね、フヒヒ」みたいな返しをした覚えがある。

 彼女と一緒にライブハウスを出ると、外は雨が降っていた。傘を持ってきていなかった俺はどうしたもんかなと思案していた。
「お兄さん、一緒に入って駅まで行きますか?」
 彼女はそう言ってくれた。僕はお言葉に甘えて折り畳みの傘の下に入れてもらう事にした。途中、コンビニに寄りたいとの事だったので、寄ったついでにお礼代わりのお茶を買って渡す。彼女は快く受け取ってくれたので僕は嬉しかった。最寄りの駅には5分くらいで着く。彼女はここから中心駅まで出て、夜行バスを待つらしい。僕も同じく中心駅まで出て在来線に乗り換える。なので一緒に電車に乗って中心駅へと向かった。その車内でメールアドレスを交換(当時はまだラインが無かった)して、中心駅であっさりと別れた。夜行バスまで一緒に待つよとか言えず出来ずだったのは、単純に経験不足だったとしか言えない。

 その後、連絡を定期的に取るようになった僕らは、一緒にライブに行ったり下北沢のサーキットフェスを回ったり、といった色々な事をした。その間に彼女と手を繋いだりはしたが、結局それ以上の関係性になる事は無かった。恋愛感情が有ったのか無かったのか、関係が続いている今でさえも分からない。けれども確かに彼女はいつでも心の中にいたし、ずっと素敵な思い出だ。今回はただの思い出日記になった。エッセイぽくはないが、書き方を知らないのでしょうがないのです。

 最近、久々にキドリキドリの1stを聴いた。
 4年ほど会っていない彼女の輪郭を、一寸思い出していた。

【結城】

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