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マジシャンの前で種あかしをするな

50年以上の歴史をもつ老舗のマジックバーに
行った時のこと。

本格的なマジックを間近で見るのは初めての経験だった。

カウンターを挟んで、私はマジシャンの真正面に座った。

私の右隣には同じ職場の2人、
左隣には中年の夫婦が座っている。

マジシャンがカウンタ―にやってきた。

風貌はサラリーマン風だ。

話す雰囲気から、やや緊張しているようにも見えた。

まだ、経験が浅いのだろうか。

そんなこともすっかり忘れ、
次から次に披露されるマジックに胸がときめいていた。

びっくり箱を差し出され、ビヨーンと箱から
飛び出した人形に超絶驚いた。

普段出さない声を出していて、
心からマジックを楽しんでいた。

テレビでよく見る『コインマジック』
コインが瞬間移動するマジックだ。

コインが消えて、予想もしなかった場所から
それが出てきている。
なぜそうなるのか、全くわからなかった。
わからないから、楽しかった。

コインマジックが終わり、ふと横に目をやると、
男性が妻に何か説明をしていた。
内容はコインマジックの種あかしのようだった。

妻は「なるほどね」といった表情で納得している。

私は心底がっかりしていた。

おのずと、マジシャンの様子も気になってしまう。

カウンター越しにマジックを披露しているわけだから、
客の様子が視界に入らないわけがない。

やはり、マジシャンも気づいていた。

ちらちらと夫婦の方を気にしている。

なんだかいたたまれない気持ちになっていた。

自分が披露したマジックの種を目の前で明かされている。

心から楽しんでいた気持ちが冷めていた。

マジシャンの前でやらなくてもいいのに。

家に帰って、その種あかしの話はすればいい。

私は勝手にマジシャンに同情していた。

当のマジシャンも、
なんとも思っていないのかもしれない。

だが私にとっては、残念なことだった。

種ははわからないままでいい。

分かったとしても、マジシャンの前で話さなくていい。

マジシャンの前で種あかしはしないでほしいんです。


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