見出し画像

両手一杯の黄金を手にして

久しぶりにNHKドキュメンタリーの「大アマゾン最後の秘境 第2夜『ガリンペイロ』」を観た。

大アマゾンシリーズはアマゾンに密着したNHKの4連作のドキュメンタリーで、その第2作目はアマゾンの非合法黄金採掘業者のガリンペイロに焦点を当てている。

ガリンペイロ達は黄金の悪魔と呼ばれる元締めの元、密林の粗末な小屋で暮らしながら黄金採掘を行っている。毎朝、日の出前から高圧ホースで地層を削り、大地に眠った金塊を掘り当てることを夢見ている。

しかし、一攫千金と呼べる大当たりは数十年に一度だけで、ほとんどは屑のような小粒の金しか採れない。1週間100人で働いて、獲れる金は200グラム少々。そのうちの7割は元締めが持っていくので、ガリンペイロ1人に支給される給料は僅かになる。それも週末にやってくる女達と、酒とドラッグに消えていく。

ガリンペイロになる者は、殺人犯、麻薬中毒者、ガリンペイロの息子、ゴミ捨て場に捨てられた孤児等、一般社会に居場所をなくした者、元々なかった者様々である。しかし誰も過去を詮索しないので、ある意味での平等が成り立っている。

その中で、『ガリンペイロ』では3種類の人間が取り上げられる。一攫千金をまだ夢見る者、夢を捨て人生に絶望した者、採掘場こそ自分の居場所だと考える者。それぞれにとって、ガリンペイロの捉え方は少しづつ異なる。

初めて観たときはまだ20代だった。その時は『ガリンペイロ』からすごく絶望感を感じた。どこにもいけない人たちが、絶望を抱えながら虚飾の夢にすがって生きる。『ガリンペイロ』自体も、起承転結などなく淡々と彼らの生活を捉え、希望を見出すこともなく、ただ取材の最終日が来たので終わりに入る。だが、そうとしか綴れないのは視聴者にもよくわかる。大きな金塊が採れるわけでもなく、大きな事件が起きるわけでもない。それがガリンペイロの人生なのだから。

最後、行き詰まり感が極限まで達したところで、やくしまるえつこの「Anonymous Phonecall」が流れる。それがガリンペイロ達の住む粗末な小屋の映像との対比で天使の歌のように聞こえる。視聴者の我々は、彼女の歌声で何かが救われたような気持になる一方、この歌が聞こえないガリンペイロ達には変わらぬ明日がやってくるのだと考えさせられる。

ただし、久しぶりに観てみるとそこまで絶望的ではないな、とも思わされた。それは時間が経って自分の価値観が変わったからか、時間がなくて2倍速で観たので、松田龍平のこちらのテンションを落とすスローペースなナレーションが適切な速度で聞けたからかもしれない。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?