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「フェードル」

2017年6回目の観劇。

いつのまにかファンになっていた平岳大さんが出演している舞台です。

やっぱり生の平さんは、背が高くてガタイが良くて声も良くて演技もうまくてほんと〜〜に素敵です。

目も耳も心も幸せでした。

主演は大竹しのぶさん。小難しい話でした。

フランスの劇作家ジャン・ラシーヌが、ギリシャ悲劇『ヒッポリュトス』から題材を得て創りあげた、17世紀フランス古典文学を代表する金字塔的な作品。悲劇へと向かう女性の姿を描く美しく輝く台詞、神話的世界をもとに表現した抵抗しがたい破滅的激情は、「人間精神を扱った最高傑作」と言われ、サラ・ベルナール、ヘレン・ミレンなど、時代を彩る名女優たちが演じてきた歴史的名作。

らしい。

公式HPでこのイントロダクションを読んだとき、「『抵抗しがたい破壊的感情』ってなんや、めっちゃ難しそう」って思ったんです。

でも、たしかに、フェードルの「自分を制御できないほど人を愛してしまった」という強大なパワーを感じて、イントロダクションの文章にちょっと納得。

ものすごい舞台でした。


そもそも、なぜフェードルがこんなに愛にまつわる苦悩を背負うことになったかというと、おじいさんである太陽神ヘリオスが愛の女神ヴィーナスの不義を他の神にチクってヴィーナスが激おこしたからなんですよね。

夫以外のものに恋焦がれる呪い、恋によって国を破壊させる呪い......。

子孫全てに、恋の呪いを背負わせるとか怖すぎます。(自分が浮気したくせに)

あと、サラッと先祖が神様っていうファンタジー入れてくるギリシャ悲劇っぽさ。

舞台装置は、とってもシンプルで、必要最低限しかない。

イスと段差と階段だけでした。

そのぶん光の演出が凝っていて。

とくに、細い十字型に光が照らされて、そこをフェードルがゆっくりと歩く姿が印象に残っています。


大竹さん演じるフェードルは、義理の息子のイッポリット(平さん)を愛してしまった王妃。

太陽神の血を引く身であり、後妻とはいえ王妃であり、義理の息子はやがて国王になるというのに、正しい妃の姿であろうとしても、ヴィーナスの呪いの矢に射抜かれてしまったがために、忌まわしい恋の火に灼かれるわけです。

フェードルは、とにかく上演中ずーーーっとあるべき自分とそうではない自分の間で苦しみまくっていました。

そして周りを巻き込んで破壊へ突き進んでいました。

イッポリットのこと好きすぎておかしくなっちゃったというか、こんなに好きなのに、イッポリットは敵の娘のアリシーとイイ感じだし、もうどうしようもないから死にたい。みたいな。

気高い王妃さまだったり、恋が苦しくて引きこもったり、そんなつもりなかったのに勢いで告白しちゃったり、初めて知る嫉妬に怒り狂ったり、絶叫しながら床を転げ回ったりと、圧巻の演技でした、しのぶさん。


平さんは、アテネ王の息子イッポリット。

とにかくフェードル(しのぶさん)に愛されて「え?....え?」ってなる人。

王子のくせになんかパッとしない。

戦争に行ったこともないし、もちろんそこで手柄をとったこともないし、なんか父上失踪したし、どうしよって感じ。

そこにアリシーがあらわれて、それまで「恋とかばかばかしい」って思ってたのに恋しちゃって「え!」ってなってるところに、継母にまで告白されちゃって......そりゃ町も出たくなりますわ。

偉大な父を尊敬するが故に、フェードルの自分を思う気持ちが父を侮辱しているようで許せない、って気持ちは何となく分かる。無骨で不安定な平さん素敵でした。


アリシー役の門脇麦さんも演技力すごかったし、エノーヌ役のキムラ緑子さんもすんごかった。

キムラさん演じるエノーヌは、フェードルの乳母。

「自分の命に代えてもフェードルを守りたい」と思っている人。

でも、フェードルのためにいろいろ画策するのに、ムダになってしまう空しい人。

エノーヌは悪役として描かれることもあるみたいだし、実際アテネ王を騙している姿は悪役だったけれど、キムラさんが言う「誰にも悪意がないのに悲劇が生まれてしまう」っていう解釈がしっくりきました。

そうなんです、みんな純粋に愛し愛されているのに、愛しぬいた結果、破滅。

その姿が美しいと思えるまで深く理解できていないけど、「誰かを思う」というエネルギーはとても感じたし、世界は不条理というか、残酷だなあとは思いました。


無音の中で難しいセリフを喋る演者を座って見ているだけなのに、ものすごく体力を使う作品でした。


初の栗山民也さん演出、よかったです。



2017年4月22日 シアターコクーンにて(2020年再掲)